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30年前、色モノの偏見を実力でねじ伏せた。90万枚売れた『いいわけ』に宿る職人集団の凄み

  • 2026.5.3

1996年春。夜の帳が下りる頃、都会の路地裏にはどこか湿り気を帯びた空気が停滞していた。人々は華やかな幻想よりも、手に触れられるリアリティを、あるいはやり場のない孤独を埋めるための「言葉」を求めていた。

テレビから流れるドラマ『Age,35 恋しくて』(フジテレビ系)の映像は、30代という年齢が抱える、割り切れない情愛の機微を容赦なく映し出す。その背後で、焦燥感を煽るように、それでいて優しく突き放すように鳴り響いていたのが、この旋律であった。

シャ乱Q『いいわけ』(作詞・作曲:つんく)ーー1996年4月22日発売

10枚目のシングルとして放たれたこの楽曲は、瞬く間に街を席巻し、累計90万枚を超えるセールスを記録した。それは単なるヒット曲という枠を超え、当時の日本人が抱えていた「正論だけでは生きられない」という切実な本音に対する、最大級の肯定として機能したのだ。

都会の喧騒に突き刺さる、泥臭いまでのリアリズム

1990年代半ば、日本の音楽シーンは小室哲哉率いるデジタルサウンドの全盛期にあった。整然と構築されたビートが支配する中で、彼らが提示したのは、あまりにも無骨で、血の通ったバンドアンサンブルだった。イントロから唸りを上げるギターリフは、都会的な洗練とは対極にある、剥き出しの熱量を運んでくる。

特筆すべきは、フロントマン・つんくによる詞の世界観だ。それまでのJ-POPにおけるラブソングが、どこか理想化された美しさをまとっていたのに対し、この楽曲が描いたのは「かっこ悪い自分」を認めざるを得ない、大人の男の無様な姿であった。タイトルの「いいわけ」という言葉。そこには、裏切りや嘘を正当化しようとする醜さだけでなく、そうしなければ立っていられない人間の弱さが、逃げ場のない切実さを持って刻まれている。

ドラマの主題歌として毎週木曜日の夜に届けられたこの音像は、視聴者の内面にある「語られない秘密」と共振した。安定した生活の裏側に潜む危うい欲動。その隙間に滑り込むように、楽曲は深く、静かに浸透していったのである。

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1998年5月、東京・日本武道館で行われたシャ乱Qのコンサートより(C)SANKEI

緻密に計算された「情熱」という名の音作り

楽曲の構造を分析すると、このバンドが持つ音楽的知性が浮き彫りになる。単に熱いだけのロックではない。AメロからBメロにかけての、焦らすような展開。そこから一気に視界が開けるサビへの跳躍。このカタルシスこそが、多くのリスナーの心を掴んだ要因のひとつだ。

アバンギャルドな効果音、ピアノのきらびやかなバッキングが前衛差を醸し出しながらも、重厚なリズム隊がそれをしっかりと地面に繋ぎ止めている。この「ポップさと無骨さのバランス」こそが、1996年という時代の空気に合致していた。どれだけデジタル化が進んでも、人の心の根底にある揺らぎは変わらない。その普遍的な真理を、彼らは最新の機材と泥臭いスピリットを融合させることで表現してみせたのだ。

ボーカル・つんくの声も、この時期にひとつの到達点を迎えていた。鼻にかかった特有の艶と、絞り出すようなハイトーン。それは、正解のない迷路を彷徨う主人公の独白として、これ以上ない説得力を持って響く。歌詞の一音一音に込められた、湿度の高いエモーション。聴き手はそこに、自分自身の「言えなかった言葉」を重ねずにはいられなかった。

常識の枠を壊し続けた、表現者としての執念

当時の彼らは、バラエティ番組で見せる親しみやすさ、そして歌謡曲への深いリスペクトを隠さないという、極めて異質な立ち位置にいた。世間からの「色モノ」という視線を実力でねじ伏せ、王道のロックバンドとしての地位を確立していく過程。その最中に生まれたこの楽曲には、表現者としての凄まじい「執念」が宿っている。

美しく着飾るのではなく、内面を抉り出すこと。それこそが真のエンターテインメントであるという確信。90万枚という数字は、その覚悟が日本中の、特に「大人」という役割を演じることに疲れた人々に届いた証しに他ならない。

楽曲の端々に散りばめられた小さな音の仕掛け。重厚なベース、ギターの荒々しいバッキング、時折なるオルガン。サビ終わりにドラムの激しいスネアの連打に重なるバンドの爆発感。それら細部へのこだわりは、このバンドが単なる流行の寵児ではなく、徹底した「職人集団」であったことを物語っている

鏡の中の自分へ突きつける、終わらない自問自答

楽曲は、けたたましい叫びの後に印象的なフレーズを鳴らし、唐突にギターの音で幕を閉じる。それは、解決することのない日常の続きを予感させる、冷徹なまでのリアリズムだ。嘘をつき、言い訳を重ね、それでも生きていく。その繰り返しの中にしか存在しない真実があることを、この曲は無言のままに突きつける。

30年前の夜、カーステレオやテレビから流れていたこの旋律は、今もなお、聴き手の内面にある「一番柔らかい場所」を揺さぶり続けている。時代が変わっても、人の業は変わらない。弱さを抱えたまま歩き続けることの美しさを、彼らは音楽という形で、永遠に封じ込めたのである。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。