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「どうして他人の子を愛せるの?」注目の作家・菰野江名が「夜間保育園」の取材で触れた、プロの愛と覚悟【インタビュー】

  • 2026.3.20

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ポプラ社小説新人賞受賞作『つぎはぐ、さんかく』でデビューした作家の菰野江名さんは、慈しみあふれる物語世界が多くの人の心を掴む、出版界も注目する作家のひとりだ。そんな菰野さんの3冊目の本『まどろみの星たち』(ポプラ社)は、夜間保育園を舞台に懸命に生きる親子と寄り添う保育士たちを描いた感動作。本作にどんな思いをこめたのか、ご自身も保育園を利用するママでもある菰野さんにお話をうかがった。

物語のスタートは夜型人間

――物語の着想は日頃のお子さんの保育園生活から得たのでしょうか?

菰野江名さん(以下、菰野):実はそうではなくて、猛烈な夜型の担当編集さんからなんです。私は超朝型で目覚ましより先に起きるタイプなので、とにかく「どうして夜に起きてられるんだろう」と不思議で。彼女が「夜の時間がすごく楽しくて、寝るのがもったいない」と言うのがすごく羨ましくて興味を持ったのが最初ですね。そのあと会食か何かで都内の道を夜の21時ごろに歩いていたとき、たまたま空のベビーカーを押したお母さんがある建物に入っていくのを見かけて。「こんな時間までやってる保育園があるんだ」と驚いたことが繋がって、物語にしようと思ったんです。

――意外なスタートラインですね。舞台となる夜間保育園は実際に取材されたんですか?

菰野:行ったんですが、伺ったのは昼間で実際に夜間保育の状況は見ていません。基本的には私が子どもを通わせている保育園と変わりはなかったので、子どもたちがほかの園と同じように午前中を過ごして、夜はご飯食べて寝るんだっていうのがすごくイメージできました。夜の様子を見られたらよかったかもしれませんが、「夜は子どもたちを寝かさないといけない」という方針をしっかり持っていらっしゃるんで、それは大切にしたいと。ほかにも福岡にある夜間保育園を取材したノンフィクションライターの方のルポルタージュを読みましたが、そちらも絶対に夜は子どもたちを寝かせることを徹底されていましたね。

――私も(子どもの)保育園を利用していましたが、正直、保育園の先生がこんなにいろんなことをされているのだ、こんなことを気にかけているんだというのは見えていなかったです。

菰野:そうですよね。友人に保育士がいるんですが、彼女に聞いて初めて知ったことも多いです。たとえば0歳児には睡眠チェックを5分おきにやるとか、すごくびっくりしました。取材した園も日頃利用している園も子どもたちの様子は同じでしたが、システムや保育士さんの考え方には結構違いがあるんです。なので、ふだんから保育園を利用されている方に「うちの園とは違うけど、でもこんな園もありそう」と思ってもらえるように書くことを意識しました。

――保育園の利用者は夜のお仕事につく方々で。お迎えに戻ってこないお母さんも登場しますが、こういうことって本当にあるんですね。

菰野:先述のルポルタージュにも、深夜に迎えに来るはずのお母さんが来ないと自分の家に子どもを連れて帰って、そのまま迎えが来ずに、最終的に園長ご自身の里子にしたこともあったとありました。驚く人もいるかもしれませんが、実際に自分が子どもを預けているときに、たまたま1時間でも自分の時間ができたりすると解放感がすごいので、その解放感を手にしたら最後、少しでも苦しいことがあると子どもを迎えに行けなくなる人も絶対にいるなというのが実感としてわかる。だから全然おかしいことじゃないと思いました。

――そして何より子どもたちがすごくイキイキしているのも印象的でした。

菰野:一番描きたかったのは、子どものリアルさみたいなところでもあって。子育てを終えられた方に懐かしく思ってもらえたり、子育て中の方に「めっちゃある!」って思ってもらえたりしたら嬉しい。私、自分の子どもに「地面にネギでお絵かきしないで」って言ったことがあるんですけど、そんなこと子育てしないと絶対に体験しないじゃないですか。そういう面白さみたいなのも盛り込みたいと思って書いていました。

――保育園の先生が読んだら「ああ、そうよね」って思うだろうし、それで子どもたちのことをさらに愛おしいって思ってくれたらいいですよね。

菰野:そうなんですよ。とにかく私が取材した先生は本当に愛にあふれていて、なんで他人の子なのにこんなに愛を持って接することができるのか聞いたら、「そんなの他人だからだよ」ってサラッと答えられて。その方は自分のお子さんの子育てが落ち着いてから、ずっと夢だった保育士資格を取って保育士さんになった方なんですが、義務感だけじゃできない仕事だし、「他人だから」と言ったのはプロ意識だと思いました。プロ意識と愛情のバランスみたいなのを上手にしないと決壊しちゃう仕事なんじゃないかと思います。

キャラクターは書きながら育っていく

――物語は完全に夜型の主人公・保育士の文乃の保育園での話と、亡くなった父の恋人である杏子さんとの交流という縦軸と横軸があります。そういった構想はどこから生まれたのでしょうか?

菰野:「夜眠れなくなって、夜に働く保育士の仕事を選んだ」という主人公の設定を考えたときですね。彼女は不幸にも小学生時代に親を亡くしてしまいますが、家族ではない人にずっと見守られていて、だけど実はそんな付き合いを続けることに苦しみを感じている。それでバランスがとれなくなって体調を崩してしまうことにしました。血縁関係がある親以上に濃く自分に関わってくれる他人との関係はずっと同じように続けられるのか、常にどういった感じなのか考えながら書きました。これまでの作品でも「家族」をテーマに書いてきたので、次は違う関係性を書きたい気持ちもあったんですが、やっぱり家族の話になったのは、もうちょっと書きたいことがあったんだと書いてから思いましたね。

――文乃と杏子さん、二人の関係はこの先どうなっていってほしいと作者としては思いますか?

菰野:今のままの距離感を続けてほしいとは思うんですけど、そのままだから文乃が苦しくなったところがあるので、多分、杏子さんの方からちょっと離れるんじゃないかと思います。二人とも精神的に大人だし賢い人たちだなって書いていて思ったので、他人との距離の測り方も本当は上手だろうし、柔軟にうまくやってくれよって思います。

――今のお話を聞いて思いましたが、キャラクターたちは菰野さんの中で書きながら育っていくのですか?

菰野:完全に書きながらですね。特に文乃なんかは最初はかなりぼんやりしていました。書いてみて、なんかちょっとブレてきた感じがしたら戻って読み直して、「私が思っている文乃はこんなこと言わない」と思うと書き直して。そんなふうに行ったり来たりしながらどんどん形ができていった感じです。

――ちなみに物語自体は結構決めて書くのですか?

菰野:ラストは決めて、最初に章立てでプロットを考えて書いていきます。今回、子どもを亡くしてしまったお母さんの話を書こうと決めていたんですけど、実際に書くとなるとすごく苦しくて、その章はずっと泣きながら書いていました。実は前作に障害のある人と結婚するくだりがあるのですが、私の本をすごく楽しみにしてくれている友人が発達に特性がある子を育てていて、彼女がそのくだりで将来を想像してしまって苦しくて読めなくなったと言っていたんですね。やっぱり「書く」ということは誰かを傷つける可能性を常にはらんでいるわけで、今回も常に迷いながらの作業でした。「強く生きていく」っていう前向きなラストまで書き通しましたが、やっぱり表現するって難しいとあらためて思いました。

どんな状況でも並走して書き続けたい

――2023年にデビューして本作が3作目。何かご自身の変化はありましたか?

菰野:1作目は子どもがいなくて、2作目は育休中で、今回は仕事をしながら子どもを保育園に預ける日々の中で書く状態でした。それでも書き続けられたし、やっぱり書きたい。これからもどんな状況でもうまく子育てと両立し続けたいと思います。

――どうやって時間を作っていますか?

菰野:朝、子どもを保育園に預けてから働いて17時頃にお迎えに行って、家で子どもの世話や家事が終わるのが21時で、その後にできるだけ1時間か2時間書くようにしています。途切れちゃうと前に書いていたことの記憶が薄くなっていく感覚が怖くて。休日は家族で過ごすのでお休みして、なるべく平日に書くようにしていますね。

――ご家族も応援してくださっているんですよね?

菰野:そうですね。特に読書家の義母が喜んでくれています。会いに行くと読んだ文庫本をどっさりと渡してくれて、本の交換とかもできて。あまり身内でそんなことできる人がいなかったので結構ウィンウィンなんです。

――身内に応援団がいっぱいいるのは素晴らしいですね! いずれ娘さんも読むでしょうしね。

菰野:読むかなー? でも本好きにはなってほしいです。今は仕事の説明をするのがすごく難しくて、今のところ彼女の中では私はなぜか、ららぽーとで働いていることになっています(笑)。

――3年作家を続けて、何かご自身の変化を感じることはありますか?

菰野:書いているからなのか、子育てをしてきたからなのか、今は東京に住んでいるからなのか、いろんな要因が複雑に絡まっているとは思いますが、ようやく「実年齢」に精神が追いついてきた感じはあります。20代の頃は働いている大人なのに娘さん扱いされるのがすごく嫌で、「早く大人になりたい」って思っていたんですね。でも仕事も10年以上同じところで続けてきて、子どもが生まれてライフスタイルも変わって、ようやく自分の好きなものがわかるようになったというか、NOと言える人間になったというか、自分を「大人」と思えるようになってきた気がします。

――「作家」というアウトプットする仕事も成長させてくれるのかもしれませんね。

菰野:それもあるかもしれません。アウトプットは小説を書く以外では全くしないし、続かない。日記もSNSもダメなんですけど、なぜか小説だけは書き続けられる。好きだからかもしれないですけど、どこか思いを吐き出せている部分はあるのかもしれません。

――菰野さんの優しい世界のファンもどんどん増えています。これからどうなりたいですか?

菰野:私が読者の側なら、優しい物語も好きだけど、毒がある物語や書き口も好きで。私はどうしてもちょっと言葉の角が丸くなる癖があるのでそこは直したいし、毒のある言い回しにも憧れます。あと、本というのは「自分が書きたいもの」と「出版社が読ませたいもの」のマッチングでできていくということが作家になってわかって、マッチングは大事だけど、そこに自分が寄せすぎてしまうことに恐怖も覚えるようになりました。どういう作品を書きたいかではないんですが、書きながら自分が本当に書きたいシーンみたいなものをまだ探している途中でもあります。

――本作を拝読して、より物語にリアリティが出たと感じました。今後ますます作品の魅力が増していく予感がします。

菰野:読んだ方が繁華街を歩いているときに「ここに(物語に登場した)保育園があるかもしれない」って思ってもらえたり、子どもを夜に保育園に預けて働いている人がいることをちょっとでもイメージしてもらえたりしたら嬉しいですね。

――優しい社会になりそうですよね。

菰野:なってほしいです。

取材・文=荒井理恵 撮影=島本絵梨佳

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