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「3畳と4畳半で共同便所、風呂なし」“ド貧乏な少年時代”を明かした【大物タレント】とは?

  • 2026.3.19
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※Google Geminiにて作成(イメージ)

有名人のエピソードには、意外な過去や深い思い出話が隠されているもの。普段テレビで明るい姿が印象的な人気タレントも、実は努力や苦労を積み重ねてきた人生を歩んでいるのです。今回ご紹介するのは、バラエティや情報番組で活躍し『出没!アド街ック天国』でもおなじみのあの人物。少年時代の意外なエピソードや、地元への想いがにじむコメントなどが明かされました。はたして、そのタレントとは誰なのでしょうか?クイズ形式でご紹介します!

港区白金から武蔵村山へ――幼少期の苦労とは?

今回ご紹介するタレントは、『出没!アド街ック天国』の印象的な回を聞かれ、自身の出身地である港区白金での幼少期や、その後家族が移り住んだ武蔵村山市での思い出を明かしてくれました。「僕の出身は港区白金なんですよね。すごい聞こえは良いじゃないですか、でも、物すごい貧乏だったんです」と当時の生活について回想しています。

一体、港区の華やかなイメージの裏で苦労した少年時代を持つこのタレントとは誰なのでしょうか?

ヒント…

  1. シブがき隊として1982年にデビュー
  2. 現在は武蔵村山市観光大使を務める

「これだけ出させていただいてるのに誰も『ミスターテレ東』って言ってくれない…」

答えは……薬丸裕英さんです!

このエピソードは、2026年2月17日深夜放送のテレビ東京『伊集院光&佐久間宣行の勝手にテレ東批評』にて紹介されました。これまで多くのテレ東の番組に出演してきた薬丸さんは、番組のなかで「これだけ出させていただいてるのに誰も『ミスターテレ東』って言ってくれない…」と冗談交じりに笑いを誘いながら、印象深かった『出没!アド街ック天国』での回を振り返ります。

「僕は出身は港区白金なんですね。すごい聞こえイイじゃないですか。でも、ものすごい貧乏だったんです。皆さんが思ってるシロガネーゼって白金台なんですよ。白金っていうのは、天現寺の高速の下あたり。あそこって昔、工業地帯だったんで。だから北里研究所があって、その横ぐらい」と語る薬丸さん。さらに、「3畳と4畳半で共同便所、風呂なしだった。そういうアパートに住んでたんです。そっから武蔵村山市というところに両親が頑張って家を建てて、引越したんです。その武蔵村山市を僕がそこで育ったということで『アド街』で一回、取り上げてもらったんです。そのときが一番貢献できたみたいな形でうれしかったですかね。本当に街に迷惑しかかけてないような小僧だったんで」と、自身の成長を語っています。

街に迷惑をかけていたという薬丸さんですが、今では武蔵村山市の観光大使を務めるほどに。「今一応僕観光大使をしているんです」と茶目っ気たっぷりに明かしていました。

さらに薬丸さんが担当する「薬丸印の新名物」のコーナーについても、「本当に素晴らしいですスタッフが。正直言ってテレ東ってそんなに予算ないじゃないですか、ないなかで物すごい撮影して、物すごい丁寧に撮って編集して選び抜かれた素材を提供しているんですよ。あれはいろいろな番組マネしてほしいなって思う」とスタッフや番組の熱意に感謝の気持ちも語っていました。

エピソードを知るとより好きになるかも

爽やかなイメージの裏側に、実は想像以上の努力と家族愛、そして地元への恩返しの思いが詰まった薬丸裕英さん。タレントや司会者として長年親しまれる理由は、その明るさや気取らない姿勢だけでなく、こうした生い立ちや人々へのやさしいまなざしにあるのかもしれません。子ども時代について「迷惑しかかけていなかった」と語る薬丸さんも、今では地元とテレビ界をつなぐ“架け橋”として、多くの人に元気を与えています。

彼のルーツや街への思いを知ることで、日々テレビで見かける薬丸裕英さんの姿に一層親しみがわくのではないでしょうか。今後の活躍にも、ますます注目していきたいですね!