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「リードから伝わる」相棒のロバと900キロの道で深めた絆 元新聞記者の旅路の先

  • 2026.1.30

ロバと旅を続ける元新聞記者、高田晃太郎さん。
前回は宮城県へ。震災遺構の大川小学校を離れて歩き始めました。
するとほどなくして、近づいてきた車の中から女性に声をかけられました。

Sitakke

「あら~こんにちは。塩を売っていらっしゃるの?」
「どうやって泊まっているの?」

高田さんが「毎日野宿で…」と答えると。

「野宿してるの?これまた寒いところ…大変でございます」
「北海道から来たの?すごーい」
「女川町にも、もしも良かったら寄ってください」

高田さんの予定のルートに女川町はありません。
立ち寄れば、かなり遠回りになりますが、そんな旅も相棒のクサツネと一緒ならではの楽しみです。

高田さん、さっそく旅のルートを変更して宮城県女川町へ向かうことにしました。
しかし遠回りは20キロ以上…。

Sitakke

道路工事の現場に差しかかり、こんなやり取りもありました。

「馬で引いた、なんか馬車みたいなのが通ります」

「何が来たって?」

「なんか馬…?馬がリヤカーを引いて」

石巻市から女川町へ続く道にはいくつもの峠があり、トンネルも…なかなか険しい道のりです。## 海とともに生きる

Sitakke

途中ですっかり日も落ち、この夜も野宿です。
そして、移動の疲れを癒してくれる満天の星のもと、クサツネと眠りにつきました。

翌朝、最後の坂を越えると、女川の市街地に入ります。

「いや~ぁ、この坂はキツイ!」

ようやく女川町の街並みと海が見えてきました。

「やっぱり海が見えたほうが気持ちいいですね。街の印象がガラっと変わりますよね」

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東日本大震災では、14メートルを超える津波が押し寄せ、女川町の8割が浸水しました。港近くまで進むと、前日に声をかけてくれた女性と再会しました。

「こんにちは。クサツネ!本当に来たんですか?すごい、女川まで歩いて?すごいですね、ようこそ女川町へ」

女性は震災後、ボランティアとして女川町に入り、その後、この町に移り住みました。

高田さんが女性に「女川はすごくキレイな街並みですね」と伝えます。

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「海が見える町っていうので防潮堤が、海の奥まったところに…海の中に防潮堤を建てているんです。女川町は海とともに生きている町ですね」

マチをかさ上げし「海が見える」景色を残す…それが復興のときの選択でした。

旅でまた近づいたクサツネとの距離

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いくつもの出会いを重ねながら、旅のゴールが近づいていきます。
1月10日、利根川にかかる橋を越えると、茨城県稲敷市から千葉県香取市に入ります。

「やっぱり千葉は遠いなと思って。でも仙台からはあっという間でしたよ。北海道の熊石を出たのが、去年(2025年)11月11日だから、ちょうど2か月ですね」

北海道から東北へ、そして千葉までの距離は約900km。相棒のクサツネとの距離が、今回の旅でまた少し近づいたようです。

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「あうんの呼吸というか、リードを通じて対話してるような感じで。微妙な抵抗とかで、クサツネの状態が手に取るようにわかるようになった。旅を始めたころと比べたら断然変わった」

ロバと元新聞記者の旅。その道のりは、千葉県に入って数日後、無事にゴールを迎えました。

出発前に手作りで用意した、あの『ロバ塩』400袋ほどは、30袋ほどを残してゴールへ。

そして、高田さんの旅はまだまだ続きます。

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春ごろまで、クサツネを千葉県内の知人に預けて『ロバの島』があるというケニアへ、近く旅立つそうです。
人生の相棒であるロバについて現地でもっと深く知り、帰国後は「クサツネ」と再び旅を続けたいと話しています。

北海道に帰って来てくれることを願っていますが、さて次の旅は、どうなるのでしょう。

文:HBC報道部
編集:Sitakke編集部あい

※掲載の内容は「今日ドキッ!」放送時(2026年1月21日)の情報に基づきます。

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