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映画監督・河瀨直美さん「AI時代だからこそ丁寧な取材で〈子どもの臓器移植問題〉に迫り、伝えたい」

  • 2026.1.29

河瀬直美監督といえば、2009年カンヌ国際映画祭で「黄金の馬車賞」を受賞し、
アジア人初、女性初と、二つの「初」を40歳にして成し遂げた、前をいく大人女性として注目すべき存在。
50代半ばになった今も、フロンティアスピリッツはそのままに、
丁寧な取材を重ねる中、自身が作り出す作品を通して
「映画が社会に対してできること――」それを追求し続けています。
そんな河瀬監督が今、8年ぶりのオリジナル脚本による最新作で
社会に、そして世界に伝えたかった思いを聞いてみました。

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前作からの8年間はブランクなんかじゃなく 、私の中ではビッグプロジェクトが進行していた

前作の「朝が来る」からオリジナル脚本の映画は、8年ぶり。
この間、私にとっては決して空白ではなく、
総監督を務めた「東京オリンピック2020SIDE:A/SIDE:B」の2本の記録映画や
大阪関西万博のパビリオン運営にプロデューサーとして関わり、
シニアアドバイザーとして国家事業の重積を担う役割をいただき、それらに取り組んできました。
この8年でコロナ禍を経験し世の中が大きく変わり、
その中で感じる閉塞感や猜疑心、信頼できない社会で生きづらさを感じている人が増えてゆく。
時間をかけて何かを見つめ続けるというよりは、SNSに代表されるように
表層的な情報に自分が絡めとられていくような感覚で
常に新しいものを探す、探す、探す……。
本当に大切なものは、今ここにあるのに――。
そんな中で、今作のテーマでもある日本の医療現場の課題や、
もう一つのテーマでもある日本で年間8万人~10万人の
“失踪者”がいるという社会課題が見えてきたんです。
行き場のない想いを抱えた人がいる現実を、海外の人の目を通して描いてゆく本作の開発には
約2年の歳月を費やしました。

日本で「心臓移殖」ドナーが見つからない理由は 日本独特の“死”の定義

今回の主人公は外国人。
「子どもの心臓臓器移植」の現状をテーマとするのに、
日本の医療に対し、客観的な目を持つことが必要でした。
最初にこのテーマに興味を持ったのは、2年ほど前。
新聞の一面で悪徳な臓器移植の斡旋業者が摘発された特集記事を目にしたのが、きっかけでした。
ドラマなどではいろいろ見ていましたし、そんな日本の現状を知ってはいましたが、
臓器の中でも、“心臓”となると人の生き死にに関わります。
何億ものお金を使って海外での移植手術をした患者様の
ニュースを時折耳にしますが、それができる人は、ほんの一握りです。
国内でドナーが現れるのを待機している子供と親御さんの想いは複雑です。
平均3年から4年の待機中に亡くなってしまう事例も少なくはありません。
先進国の中でドナーの数において最下位の日本は、なぜ臓器移植に対して社会の理解が少ないのか。
取材を通して見えてくる課題が沢山ありました。

日本には、15歳未満の子どもの場合、不慮の事故や病気において脳死下になった際に、
臓器移植を目的にする時だけ「脳死」を人の死であると認める、
「臓器移植法」という法律があります。
つまり、ドナーとしてまだ動いている我が子の心臓を摘出するという判断は、
家族にゆだねられるのです。
それはなかなか判断が難しくできるものではない。
私自身もそれはできないとイメージしました。
しかし、この課題を取材するうちに、やむを得ずドナーとなる選択をした先に、
助かる命があるという現実を知ったことにより、それを肯定できる自分がいたのです。
欧米では、脳死が「人の死」と定義されていますが、日本は死=心臓死。
鼓動が止まらないと「死」とはみなされません。
この考え方を変えないと前に述べたような難しい課題を解決できない。
しかし、考えを変える前に、適切な情報を広く伝えるためにはどうすればいいのかとも思いました。

主役のフランス人俳優ヴィッキーも撮影前から 「河瀨流」の洗礼を

主役のコリー役を演じるヴィッキー・クリープスさんは、感性の人。
パリのエージェントから紹介されて、5名のフランス人俳優に
お会いしたのですが、彼女は飛びぬけて個性的でした。
オーディションでお話する中で感情が高ぶって泣き出してしまったりと、
感性がすごく豊かなんです。
そんな彼女にも、「河瀨組の役積み」を実践してもらいました。
撮影の前になるべく早く現場に入ってもらい
「この病院があなたの職場で、この坂を下りて、ここから電車に乗って自宅はここで」と説明し、
それ以降はコリーとして生活してもらっていました。
恋人役の迅を演じた寛一郎くんと一緒に過ごしてもらい、
周囲を散歩したり三宮をデートしたり、好きなお店でくつろいだり。
いつカメラが回ってもいいように、撮影前からコリーを生きるのです。
そして、今回の日本人俳優陣はというと、「河瀨組」を体験したことのある頼れる人たち。
永瀬(正敏)くんにしろ、(尾野)真千子にしろ、北村一輝くんにしろ、
脇役とは思えないほどの存在感で作品に魂を置いていってくれました。
子どもを亡くす母親役を演じた真千子とその夫を演じた一輝は、
ほぼ初対面で即興の演技セッション。
亡くなった息子を思い出して、真千子が「出口が見えないねん」と言って、
「今日な、あの子の命日やねん」と涙するシーンがあるのですが、
あれは台本では本来2つのシーンとして別々のシチュエーションで撮るはずだったんですね。
しかし、感情にストップが効かなかったのか、
それらはひとつのシーンとなって存在することになりました。
その時、カメラマンを代表とするスタッフはもとより、一輝もそのまま、
そのシーンを生きていました。
そこにいる全員が同じ方向を向いて表現をしている、最高の現場でした。
モニターを見ているスタッフもみんな泣いていましたね。
現場で生まれるものをフレームで切り取り永遠の命を宿すのが私の仕事。
役者さん同士は、現場でセッションしているから、台本はあるものの
流れの中でセリフを口にしているので、セリフが前後したり語尾が違ったりするのですが、
それは問題ではない。
それがかえってリアリティを増すことがあるんです。
だから、よっぽどのことがない限り、そういう場合でもカメラは止めません。
そこでリアルに生きてもらっている俳優さん達の気持ちの動きを大切にしたいから。
子どもの臓器を提供する親役を演じた永瀬くんは、ご自身の弟さんを心臓の病気で亡くされている経験から、
その当時のご両親の身になって演じてくださいました。
脳死状態であることの判断には3日ほど検査が必要です。
その3日間のリアリティを出すために、撮影はしないで実際に1日目、2日目、3日目と時間を空けて、
永瀬くんと妻役の早織さんには役を積む時間を持ってもらいました。
永瀬くんの故郷の宮崎県の都城の言葉でそれらのシーンは撮影されました。
迫真の演技には、共演者も本物の涙を堪えずにはいられない状態でした。

 

役者とリアルなドナー家族、レシピエント家族を 交差させた、嘘のない半ドキュメント映像

今回の医療現場シーンは、神戸の病院のワンフロアを借り切って小児病棟として
美術部が細部にわたり実際の病棟と見間違うほどのリアリティに作り上げ、そこで撮影しました。
例えば、コリーの机を開けると、本当にピンとかペンとか、メモが全部入っていて驚きました。
院内学級の本や壁に貼ってある子どもたちの絵などのリアリティは病院長が関心したほどです。
俳優さん達は、現場に来るとすぐにナースの格好に着替えたり白衣を着たりして、
いつでもカメラが回ってもいいように行動してもらっていました。
小児病棟の子どもたちには、美術部がお医者さんの恰好をして
(撮影用の)心臓のペースメーカーを付けます。
お昼ご飯もロケ弁だけど、いつでもカメラが入っていいように病室で食べてもらっていました。
また、手術シーンは、役者さんと本当のお医者さん、そして段取りを確認するために
助監督が混ざって撮影していました。
「次は麻酔」と指示をしているのが助監督で、
執刀している役者さんの横にいるのが本当のお医者さん。
だから、そこにはある意味嘘がない。
コリーが手持ちのビデオで撮っている心臓移植のドナーを待つ親子は、実際に移植を待つ方です。
映画を見ている人は、誰が俳優で誰がリアルな患者さんかわからない。
それが、この映画の特徴といえます。

映画の中で、現状の日本ではありえない 幾つかの奇跡が起こった!

映画後半のカンファレンスシーンは、映画では5分ほどですが、実際の撮影には5時間をかけました。というのも、私はこのシーンこそが、今作の心臓部、“肝”だと思っています。
そこにいるのは、俳優の他、リアルな医療従事者、病院の院長や小児科医、外科医、脳外科医、
救急医療に携わる方、それに加えて地域の臓器移植コーディネーターといった人々……。
同じ医療従事者とはいえ、立場の違うそれぞれが一同に会しているのですが、このようなことは
日本の医療現場では、ありえないことです。
大学で教鞭をとる移殖医療ジャーナリストの方や小児科医で参議院議員の自見はな子さんや厚労省の方も、
カンファレンスの席に座っていただいていました。
普段は一同に会することのない人たちが集まってくださり、
本音で嘘のない言葉を交わしてくれたのです。
また、このカンファレンスの現場にドナー家族とレシピエント家族が同時に
参加してくださったことがとても重要だと思っています。
レシピエント家族の苦悩はドナーが現れない現実だけではありません。
「人の臓器を奪ってまで生きていいのか……」という、世間の冷たい言葉に悩まされることもあります。
やはり日本人ならではの「罪悪感」ですよね。
カンファレンスに参加してくださったこの方は、本当にお子様が心臓移植を受けた人です。
その現場にはドナー家族もいらっしゃいました。
「ドナーになりたくてなったわけじゃない。
そういう状況下にあったからドナーになったんだ」という言葉は、実際の脚本にはありません。
彼らのリアルな言霊がこの映画に息づき、世界中の人たちに伝えられてゆきます。
映画のこのカンファレンスシーンは、お二人が出会うことで「つながる命」の
行方を示唆する内容になりました。
このAI時代、俳優さん達が映画の中で役を生き、丁寧な取材で半ドキュメントという
手法をとる河瀨組のやり方は時間もかかるし、非常に稀有です。
それでも、このリアリティをフィルムに焼き付け、より豊かな未来を信じて
世界の人たちに伝えていきたい想いがあるかぎり映画制作を続けていきたいと思います。

Naomi Kawase

生まれ育った奈良を拠点に映画を創り続ける映画作家。一貫した「リアリティ」の追求はドキュメンタリー・フィクションの域を越えてカンヌ映画祭をはじめ、世界各国の映画祭での受賞多数。代表作は『萌の朱雀』『殯の森』『2 つ目の窓』『あん』『光』『朝が来る』など。 世界に表現活動の場を広げながらも、2010年には、故郷・奈良にて「なら国際映画祭」を立ち上げ、後進の育成にも尽力。ユネスコ親善大使、奈良県国際特別大使を務めるほか、大阪・関西万博ではテーマ事業プロデューサー兼シニアアドバイザーを務めた。 俳優として、第 38 回東京国際映画祭最優秀女優賞を受賞する他 CM 演出、エッセイ執筆、D Jなど、ジャンルにこだわらず活動中。 プライベートでは、10年以上にわたりお米作りにも取り組んでいる。

© CINÉFRANCE STUDIOS - KUMIE INC - TARANTULA - VIKTORIA PRODUCTIONS - PIO&CO - PROD LAB - MARIGNAN FILMS - 2025

「たしかにあった幻」
出演:ヴィッキー・クリーブス、寛一郎
尾野真千子、北村一輝、永瀬正敏
中野翠咲 、中村旺士郎、岡本玲、松尾翠
小嶋聖、平原テツ、沙織、利重 剛、中島朋子
監督、脚本、編集:河瀨直美

フランスから来日したコリーは、神戸の臓器移植医療センターで働きながら、小児移植医療の促進に取り組んでいたが、西欧とは異なる日本の死生観や
倫理観の壁は思った以上に厚く、医療現場の体制の改善や意識改革は困難でもどかしい思いを抱えていた。そんなコリーの心の支えは、屋久島で運命的
に出会った恋人の迅だったが、彼の誕生日でもある7月7日の七夕に突然、姿を消してしまう。
一年後、迅が失踪するはるか前に彼の家族からも捜索願が出されていたことを知ったコリーは、迅の実家である岐阜へと向かう。そこで明かされた事実はコリーと迅との出逢いが宿命的だったことがわかり
愕然とするコリー。一方、心臓疾患を抱えながら入院していた少女・瞳の病状が急変するが・・・。
2月6日(金)テアトル新宿ほかロードショー

 

 

撮影/田頭拓人 取材・構成/河合由樹

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