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アニメ映画『ALL YOU NEED IS KILL』のキャラデザはなぜこうなった? 敬遠するのはあまりにもったいない理由

  • 2026.1.20
公開前にキャラクターデザインへネガティブな声があったアニメ映画『ALL YOU NEED IS KILL』。本編を見れば「納得できる」どころか、「これが良いんだ」と思える理由があったのです。(画像は筆者撮影)
公開前にキャラクターデザインへネガティブな声があったアニメ映画『ALL YOU NEED IS KILL』。本編を見れば「納得できる」どころか、「これが良いんだ」と思える理由があったのです。(画像は筆者撮影)

アニメ映画『ALL YOU NEED IS KILL』が1月9日より劇場公開中です。原作はトム・クルーズ主演でハリウッド実写映画化もされた桜坂洋のSFライトノベルで、ある程度のネームバリューがあります。何より、渾身のアニメの技術が注ぎ込まれた力作なのですが、日本での劇場数は現時点で「わずか11館」でした。

推測にすぎませんが、マス向けと思われる豪華なボイスキャストを鑑みれば、「本来はもっと幅広い観客層を想定していた」ものの、「作品の特徴や事前のネガティブな声を受けて公開規模が縮小された」可能性もあるでしょう。

それは作品の出来栄えからも、非常にもったいないことだと思います。ここでは事前のマイナス評価が目立ったキャラクターデザインに確かな意図があったことをまとめつつ、映画本編の魅力に迫りましょう。

「集団で叩く」ことが当たり前になってしまっている

直近でキャラクターデザインが酷評され、予告動画で否定的なコメントの嵐となり、YouTuberからも「こき下ろすことで動画の再生数を稼げる」対象にもなってしまった作品に、同じくSTUDIO4℃のアニメ映画『ChaO』があります。今回の『ALL YOU NEED IS KILL』も「『ChaO』の再来」などと「レッテルを貼った上で嘲笑または罵倒されている」印象があります。

もちろん、個人の好みや作品の評価は自由に発信する権利があることを前提にして、「こき下ろしていいと断定した作品を(本編を見てもいないのに)集団で叩く」ような動向に、個人的には違和感または嫌悪感を覚えます。

それは必ずしも正当な作品の評価とは呼べない、単に作品を貶める行為にすぎないのではないか、とも思えるのです。筆者もそれと同じことをしてしまった経験があり、今ではとても反省しています。

批判の声に納得できる理由もある

その上で、今回の『ALL YOU NEED IS KILL』のキャラクターデザインに(および後述するメカニックデザインにも)批判の声が届くのも致し方がない、と思う部分もあります。何しろ、原作の文庫版での安倍吉俊によるイラスト、コミカライズ版での小畑健による作画も、「硬派かつリアルでスタイリッシュ」なものだったからです。原作が小説ということは、本来はビジュアルは固定化されていない、媒体によって流動的に変えていっても良いはずなのですが、今回は先に確立した「絵」が存在しているのですから、ファンからの「イメージと違う」という意見は正当なものだと思うのです。

何より、キャラクターデザインそのもののクセがあまりに強く、近年のかわいらしさやカッコよさを追求した、多くの観客から受け入れられやすいものとは、あまりに対照的です。「リタ」の「つり目の上に目が離れている」ルックスや、もう1人の主人公の「ケイジ」の「下がり眉で冴えない印象」などを、パッと見て拒否反応を覚えてしまう心情も、理解できるのです。思えば、STUDIO4℃の作品『マインド・ゲーム』や『鉄コン筋クリート』も個性的なキャラクターデザインでしたが、そちらは原作漫画から独特の絵柄であり、「アニメで再現するならこれがベスト」と思える納得感がありました。今回の『ALL YOU NEED IS KILL』の作り手がそれらの作品を意識したかどうかは定かではありませんが、第三者としては「過去の作品に引っ張られている」印象も持ってしまっていました。

性格にも物語にもマッチしたデザインだった

しかしながら、実際に映画本編を見ればこそ、この独特のキャラクターデザインに慣れてくるばかりか、必然性のあるものだと納得できました。それどころか「このキャラデザこそが良いんだ」と思えてくるのです。

例えば、劇場パンフレットで秋本賢一郎監督は「『並んだ時に一目でそれぞれの個性が分かるシルエット』を基本のコンセプトにキャラクターデザインしていただきました」と前置きをした上で、以下のように主人公2人の見た目を解説しています。

「リタ
(前略)何気ない仕草でも格好良く決まるシルエットと、媚びず、簡単には笑顔を見せない、それでも愛される魅力的な表情が見事にデザインされています。リタのキャラクターデザインは本作の原点であり背骨。彼女の表情や仕草から、こんな時彼女なら何と言うか、どう行動するかということを皆が考えながらこの映画ができていきました。」

「ケイジ
人の顔色を窺いながらヘラヘラとしている冴えない男でありながら、優しさと芯の強さが、表情に込められています。リタと同じく、立ち姿やふとした時のシルエットがとてもスマートで格好良く見えるように、逆に慌てたり照れたり誤魔化したりする時の仕草はコミカルに見えるように、表情とポーズを描いていただきました。(後略)」

なるほど、リタの「シルエットの格好良さ」「簡単には笑顔を見せない」様や、ケイジの「ヘラヘラとしている印象」「それと相反する優しさや芯の強さ」という、それぞれの性格を反映したキャラクターデザインは、劇中の物語を追ってみてこそ、確かに魅力的に映ったのです。

さらに、CGWORLD.jpの秋本監督へのインタビュー記事では、村上泉によるキャラクターデザインについて、「最初はもっとリアルな路線だった」「かなりの量のスケッチ、習作を経て、簡単に媚びた笑顔は見せないけど、愛らしいリタという主人公を表情集やポーズ集、イメージボードとして描き起こしていただきました」「描き上げてもらったものからインスピレーションを受けて、『リタだったらこういう行動をとるだろう』と、脚本の木戸雄一郎さんとともに様々な展開を考えていきました」などとつづられています。

やはり、誰かの独断やSTUDIO4℃の「らしさ」というよりも、物語やキャラクターの個性を鑑みての、スタッフの「三位一体」でこそ構築されたデザインであることが分かります。

メカニックデザインも「ボランティアスタッフらしさ」を反映していた

また、キャラクターデザインだけでなくメカニックデザインにも批判の声が寄せられていますが、そちらも意図的に「差別化」が図られたものでした。

実は、原作やハリウッド実写映画で主人公たちは兵士だったのですが、アニメ映画では「国内外から無作為に選出された、復興作業にあたっているボランティアスタッフ」になっているという、設定の大胆なアレンジがあります。それに沿うように、劇中のスーツは「戦闘用のメカメカしさ」よりも、「復興作業用の丸っこい親しみやすさ」を感じさせるデザインになっているのです。

実際にメカニックデザインを担当した出雲重機は、劇場パンフレットで「ガジェットやビークル類は、原作とは異なる非ミリタリー設定に基づき、工業製品感を重視しています」「原作はすでに様々な形でビジュアル化されていたので、それらの印象を一旦手放す必要がありました」などと語っています。

その上で、「ボランティアスタッフのジャケット」は「アクションが映えるようなシルエットと、(モーションによって)観る人の運動共感を刺激できる形を理想」としてデザイン。さらに「強化ジャケット」は秋本監督発の案を元に「ループする1日の中の短い時間で応急的に改造したような構造」にした上で、「シルエットの効果に加え、キャラクターの頭が見えていることで相対的な巨大感を強調した」のだそうです。まさにその言葉通りで、現実ではあり得なさそうなスーツのシルエットも、激しいバトルシーンでは動きをよりダイナミックに感じさせる効果を生んでいました。危険な異星生物が襲いかかる「禍々しい」舞台の過酷さには、親しみやすさのあるスーツは、そのギャップも含めて「映えて」いたと言えるでしょう。

大胆なアレンジにも確かな意義がある

そのようにキャラクターデザインも本編を見れば納得できることを前提にして、今回の『ALL YOU NEED IS KILL』は劇場で見てこその没入感、迫力の音響、アニメの躍動感を味わい尽くせる上に、明日への希望を持つことができる物語にも大きな感動がある、素晴らしい作品だったと思います。

何より、原作やハリウッド実写映画版と同じく、「殺されると時間が戻る」という設定から、まるでテレビゲームのように「前に起こったことから学び、工夫していく」という「(タイム)ループもの」の面白さをしっかりと押さえています。そして、同じ時間を繰り返すからこそ、逆説的に「何かが前に進むこと」の尊さが浮かび上がってくるのです。

さらに、物語の大胆なアレンジも効果的です。重要なのは、「原作ではヒロインだったリタを主人公にして、その孤独と成長を描いている」点でしょう。

原作のリタは、「戦場の牝犬(ビッチ)」と呼ばれるほどの「すでに強さを持っていた」女性でした。しかし本作では、異性生物がまだ調査段階にある状況も相まって、「自分の殻に閉じこもっている未熟な少女」へと変わっています。

彼女がどのように成長していくのかはここでは伏せておきますが、やがて出会うケイジの「ヘラヘラとした笑顔」への嫌悪が、結果的に2人の関係性に大きな影響を与えていくことだけはお伝えしておきましょう。ケイジもまた、原作からさらに「情けなさ」を感じさせるキャラに変更されていますが、それにも大きな意味があったのです。

それ以前の「無限のように続くループの地獄」の描写もあって、リタがある場面で涙を流す様は、『千と千尋の神隠し』で千尋がおにぎりを食べて泣き出すシーンも思い出して、見ているこちらも目頭が熱くなってしまいました。

さらに、豪華なボイスキャストも文句なしにハマっています。三上愛は声優初挑戦とは思えないほどリタの孤独や複雑な心理を繊細に表現しており、頼りない印象のあるケイジ役の花江夏樹との掛け合いも違和感がないどころか「お似合い」にすら感じられます。

もう中学生やヒコロヒーも出番は多くないながら、やはり個性的なキャラクターにマッチした好演でした。花澤香菜が演じる天才大学院生の「くだけた」雰囲気と愛らしさも見逃せません。

「本編を見ないと分からない」魅力がある

「本編を見ないとキャラクターデザインの意図や、作品や物語の真の魅力に気付けない」というのは、最近では『トリツカレ男』にも感じていたもどかしさでした。

しかも、今回の『ALL YOU NEED IS KILL』は前述したように原作から設定の大胆なアレンジがあり、リタとケイジは原作からだいぶ印象の異なるキャラクターになり、それがデザインにも反映されていることは事実です。それが結果的に、予告編の印象だけで「見ない」選択をさせてしまうばかりか、「嘲笑の対象」になってしまったのは、とても残念です。

筆者としては、ただ一言、「本編を見てほしい」とお願いするしかありません。「原作そのままが正解」が求められることが多い昨今で、これほど個性的かつ、明確な意図をもって再構築されたアニメ映画は、今後ますます少なくなっていくかもしれません。

何より『ALL YOU NEED IS KILL』は、同じ時間の繰り返しを描くループものの作品でありながら、本編は「アニメだからこそできる表現」も多数あり、しかも「原作の芯を外さずに新たな魅力を付け加えた」ことで、「同じことの繰り返しにはしない」作品に仕上がっているのです。原作やコミカライズ版はもちろん、ハリウッド実写映画を見ていた人にとっても、新鮮な驚きと感動があることでしょう。

また、流血や殺傷など残酷な描写もあるものの、それらはG(全年齢)指定に収まる範囲です。上映時間は85分とタイトかつ見せ場の連続ですし、物語の筋もシンプルであるので、間口もとても広いと言えるでしょう。

難点としては、終盤で告げられるメッセージがやや直球すぎる点や、シンガーソングライターのAKASAKIによる主題歌の曲調の明るさが、本編のハードな印象とは(青春物語としての側面はあるにせよ)ややミスマッチに思えることが挙げられます。

それでも、本作が持つ価値と感動は、それらの難点を補って余りあるものですし、事前のキャラクターデザインへの批判を覆すほどのものだと思います。上映館は少ないですが、できる限り劇場で見届けてほしいです。

文:ヒナタカ

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