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32前、一心不乱にギターをかき鳴らした“1人の俳優” 25万ヒットした『人情ドラマ』主題歌

  • 2026.2.20

まだ冬の寒さが刺さる1994年2月。テレビの向こう側では、一人の男が過去の過ちを背負いながら、小さな焼き鳥屋の暖簾をくぐっていた。贈賄罪で服役し、エリートの肩書きを失った40代の男と、夢や葛藤を抱えた若者たちがぶつかり合い、認め合っていく。そんな人間臭いドラマの終わりに、力強く、けれどどこか祈るような響きで流れてきたのが、この一曲だった。

江口洋介『愛は愛で』(作詞・作曲:江口洋介)――1994年2月9日発売

焼き鳥屋の煙の向こうに灯った“飾らない魂”

1994年にフジテレビ系で放送されたドラマ『陽のあたる場所』は、主演の中村雅俊をはじめ、的場浩司、山本耕史、裕木奈江といった個性豊かなキャストが「生きる意味」を問いかけた名作である。かつては社会の頂点にいた勇次が、焼き鳥屋という市井の場所で若者たちと関わり、再び立ち上がろうとする姿。その不格好で、けれど誠実な生き様に、江口洋介というアーティストが書き下ろした楽曲は完璧に共鳴していた。

当時、江口はすでに俳優として国民的な人気を博していたが、この楽曲で聴こえてくるのは、華やかなスターの歌声ではない。むしろ、喉を震わせて絞り出されるような、無骨で生々しい一人の男の吐息だ。彼は俳優として出演していない作品の主題歌を担当するという形で、物語の精神的な支柱を担っていたのである。

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江口洋介-1996年撮影(C)SANKEI

巨匠が磨き上げた“静かなるロックの衝動”

『愛は愛で』が放つ最大の魅力は、過剰な装飾を一切排除したそのストレートな音楽性にある。イントロから響く力強いアコースティックギターの音色。それはまるで、都会の喧騒や過去の重圧に押し潰されそうになりながらも、決して自分を諦めないという「静かな決意」を体現しているようだった。

この楽曲のポテンシャルを最大限に引き出したのが、井上陽水などのプロデュースで知られる巨匠・星勝による編曲である。派手なデジタルサウンドが流行し始めていた時代において、あえてアナログなサウンドを追求したことは、結果としてこの曲に普遍的な強さを与えた。

音楽番組で長い髪を揺らしながら、一心不乱にギターをかき鳴らす彼の姿は、多くのリスナーに衝撃を与えた。そこには台本も演出もなく、ただ歌いたいという本能だけが溢れていた。「上手く歌うこと」よりも「届けること」に命を懸けたその佇まいは、まさに「役者」ではなく「歌手・江口洋介」としての実力を見せつけた瞬間であった。

時代が求めた“答えのない肯定”

結果として、このシングルは25万枚を超える大ヒットを記録した。しかし、この数字以上に重要なのは、この曲が「何者でもなくなった男」が主人公のドラマに、どれほどの説得力を与えたかという点だろう。

歌詞の中に綴られた、理屈ではない感情の肯定。「愛は愛で」というシンプルで力強い言葉は、ドラマの中で再起を図る勇次の姿と重なり、同時に現実の世界で迷う私たちの背中をそっと押してくれた。1990年代半ばという、誰もが正解を探して彷徨っていた時期。「不器用でもいい、そのままでいい」というメッセージは、何よりも贅沢なエールだった。

今、改めてこの曲を聴き返すと、少し苦くて温かい記憶が鮮明に蘇る。32年という長い年月を経てもなお、この曲が色褪せないのは、そこに込められた感情が、時代や流行に左右されない「剥き出しの誠実さ」に満ちているからに他ならない。

私たちはいつの時代も、自分の言葉で歌う誰かの姿に、明日を生きる勇気をもらう。江口洋介が1994年の冬に投げかけたその情熱は、今も静かに、けれど力強く、誰かの心の「陽のあたる場所」を照らし続けている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。