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40年前、静かな衝撃を与えた“ウィスパーボイス” “売るための戦略”ともう一つの狙いとは

  • 2026.2.3

「40年前の冬の夕暮れ、オレンジ色に染まる街並みを眺めながら、何を想っていた?」

1986年2月。街にはアナログな温もりが残りつつも、新しい時代の足音がデジタルな音色となって忍び寄っていた。放課後の教室や、バイト帰りのバスの窓から見上げた空は、今よりもずっと高く、どこか寂しげなグラデーションを描いていたような気がする。

そんな、大人でも子供でもない曖昧な季節を過ごしていた私たちの耳に、ふわりと舞い降りてきたのがこの一曲だった。

菊池桃子『Broken Sunset』(作詞:有川正沙子・作曲:林哲司)――1986年2月13日発売

清純という言葉だけでは括りきれない、触れれば消えてしまいそうな透明感と、その奥に秘められた芯の強さ。それらが絶妙なバランスで溶け合い、当時の音楽シーンに「静かな衝撃」を与えていたことを今でも鮮明に覚えている。

夕闇のグラデーションに溶け出す吐息

『Broken Sunset』が放つ独特のオーラは、イントロの数秒で聴く者をその世界に引き込んでしまう。きらびやかなシンセサイザーの音色と、どこか憂いを帯びたリズム。それは、1980年代の音楽シーンを牽引した名匠・林哲司による魔法だった。

林哲司といえば、いわゆる「シティ・ポップ」の黄金時代を築き上げた第一人者。彼が菊池桃子のプロデュースにおいて徹底したのは、彼女の最大の武器である「ウィスパー・ボイス」を、ひとつの楽器のように楽曲に組み込むことだった。

彼女の歌声は、決して力強くはない。しかし、耳元でささやくようなその響きは、空気に溶け込み、聴き手の心の最も柔らかい部分を優しくノックする。夕日が沈み、夜が訪れるまでのわずかなマジックアワー。その刹那的な美しさと、若さゆえの壊れやすい感情が、彼女のボーカルによって見事なまでのリアリティを持って描き出されていた。

今思えば、あのささやくような歌唱スタイルこそが、当時の多忙な日々を送っていた私たちの心を癒やす、最高の「処方箋」だったのかもしれない。テレビの画面越しに目が合うたび、自分だけに語りかけられているような錯覚に陥ったファンも少なくなかったはずだ。

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1986年、バースデーパーティーで歌う菊池桃子(C)SANKEI

楽曲を支えるプロフェッショナルの矜持

この名曲を形作る要素は、メロディや歌声だけではない。作詞家・有川正沙子による言葉選びは、当時のアイドルの楽曲としては非常に大人びており、それでいて十代の不安定な揺らぎを完璧に捉えていた。

情景が浮かび上がるような言葉の羅列は、聴く者の頭の中に、まるで一本の短編映画のような映像を再生させてしまう。例えば、冷たい風の中で立ち止まる瞬間や、言い出せなかった言葉が喉の奥で震える感覚。そうした日常の些細な断片を、彼女はあえて淡々と、けれど丁寧に歌い上げた。

ちなみに有川正沙子はこの年にリリースされる、1986オメガトライブの『君は1000%』の作詞も手掛けている。

さらに、作曲も務めた林哲司による編曲が、その世界観にさらなる奥行きを与えている。緻密に構築されたサウンドレイヤーは、40年という歳月を経た今聴いても、驚くほど古びていない。むしろ、音を削ぎ落とした現代の音楽にはない、贅沢で温もりのあるデジタルとアナログの融合がそこにはある。

この時期の菊池桃子のプロジェクトは、アイドルを売るための戦略であると同時に、最高のクリエイターたちが「いかにして至高のポップスを作り上げるか」という情熱を注ぎ込んだ、純粋な音楽探究の場でもあったのだろう。それは単なる流行歌の域を超え、一つの芸術作品としての品格さえ漂わせていた。

時代を越えて響き続ける“静かな熱量”

街中が華やかな色に染まり、誰もが前だけを向いて走り抜けていた時代。そんな中で、ふと立ち止まり、背後を振り返る勇気をくれたのがこの旋律だった。派手なパフォーマンスで視線を奪うのではなく、音と歌声だけで聴き手の孤独をそっと包み込むような優しさ

それこそが、菊池桃子というアーティストが、単なるブームで終わらずに語り継がれる理由のひとつなのだ。今の時代にこの曲を聴き返すと、当時の空気感が驚くほど鮮やかに蘇ってくる。カセットテープの擦れる音、放課後のチャイム、そして何者でもなかった自分。冬の冷たい風に吹かれながら聴く『Broken Sunset』は、今でも私たちの心にオレンジ色の残像を残す。

あの頃の切なさは、消えてしまったわけではない。ただ、この曲の中に大切に保管されているだけなのだ。夕闇が街を覆い、街灯が灯り始める瞬間。ふとこの旋律が脳裏をよぎるとき、私たちは失ったはずの「純粋な季節」に、もう一度だけ出会うことができる。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。