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27年前、人気バンドを離れた2人の“剥き出しの衝撃” すべてを壊して鳴らした“激情のロック”

  • 2026.2.2

1999年。街には世紀末の喧騒と、デジタルなポップミュージックが溢れかえっていた。誰もが華やかで分かりやすい刺激を求める中で、その流れに真っ向から背を向けるように、ひっそりと、だが強烈な重力を持って放たれた一曲がある。

al.ni.co『カナリア』(作詞・作曲:上杉昇)――1999年1月21日発売

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Google Geminiにて作成(イメージ)

歌っていたのは、かつてWANDSのフロントマンとして数々のミリオンセラーを記録し、日本中の誰もがその声を知っていた上杉昇。そして、同じくWANDSの黄金期を支えたギタリスト、柴崎浩。

人気絶頂の中で「自分たちの信じる音楽」を求めてユニットを結成した2人が、一つの終着点として残した、あまりにも純粋で、そしてヒリつくような激情を孕んだ旋律だった。

栄光という名の鎖を、自ら断ち切った瞬間

この楽曲を語る上で避けて通れないのは、かつての「メガヒット・アーティスト」としての姿との、徹底的な決別だ。 きらびやかなポップ・ロックでチャートの頂点に君臨していたWANDS。その華やかなステージを自ら降り、彼らがal.ni.coとして選んだ道は、決して平坦なものではなかった。

特にこの3枚目のシングル『カナリア』は、かつてのファンが抱いていたであろう「爽やかな上杉昇」のイメージを、完膚なきまでに塗り替える力強さを持っていた。 そこにあるのは、聴き手の機嫌を伺うような甘い旋律ではなく、歪んだギターが空間を切り裂き、感情をそのまま音像化したような、重く、鋭いオルタナティブ・ロックである。

「かつての人気バンドの2人」という先入観を持ってこの曲に対峙した者は、そのあまりの変貌ぶりと、音楽に対する真摯なまでの「飢え」に、言葉を失うこととなった。

歪んだ音が描き出す、魂の輪郭

この曲が放つ最大の特徴は、シングル曲としては異例なほどに「ザラついた」質感にある。 アレンジャーを務めた柴崎浩が構築したのは、無駄な装飾を削ぎ落としつつも、ギターのフィードバックノイズさえも音楽の一部として取り込んだ、重厚なサウンドスケープだ。

楽曲の幕開けから鳴り響くのは、決して心地よいだけではない、どこか不穏で、それでいて生命力に溢れたギターのうねり。 音の壁が押し寄せてくるような迫力の中で、上杉昇のボーカルは、かつてのハイトーンの輝きとはまた違う、地を這うような力強さと繊細さを同時に発揮している。

聴き手は、スピーカーから放たれる圧倒的な音圧によって、彼らが守りたかった「表現の聖域」を追体験することになる。

ミズノ「INTERNATIONAL’99」のCMソングとしても起用されたが、テレビから流れるその僅かな断片ですら、周囲の空気の色を変えてしまうような、圧倒的な異質さを放っていた。

自由と引き換えに手に入れた、孤独な咆哮

結果として、この『カナリア』がal.ni.coにとって事実上のラストシングルとなった。 タイトルの「カナリア」が何を暗示していたのか。かつて炭鉱で危険を察知するために連れて行かれた鳥のように、彼らもまた、時代の歪みや音楽業界という巨大なシステムの中で、自分たちの純粋な感性を守るために声を枯らしていたのかもしれない。

楽曲全体を支配する、重く沈み込むようなベースラインと、感情の爆発をそのまま叩きつけるようなドラムの響き。それらはすべて、彼らが「自分たちの音」を取り戻したことの証左でもあった。この曲は、単なるシングル曲の枠を超え、去りゆく者たちが最後に残した「自由への咆哮」のような重みを持って、当時のリスナーの胸に突き刺さった。

大ヒットを義務付けられた過去から解放され、暗闇の中でようやく掴み取った音が、これほどまでに激しく、そして美しいものだったという事実に、私たちはただ圧倒されるしかない。

変わらない冬の夜に、またこの旋律を鳴らして

27年という歳月が流れ、音楽の聴き方も、流行のサイクルも劇的に変わった。 しかし、冬の冷たい空気の中でふとこの曲を再生すると、あの1999年のヒリついた空気感が一瞬にして蘇る。

そこにあるのは、媚びることのない表現者の矜持と、音楽に対する狂おしいほどの愛情だ。 どれほど時間が経とうとも、自分たちの「真実」を貫き通した音は、古びるどころか、より一層の鋭さを増して聴き手の心に食い込んでくる。

かつての栄光を過去のものとし、ノイズの渦の中で鳴らされたこの一曲。 それは、今もなお、型に嵌められることを拒み、自分自身の「声」を探している誰かの心を、静かに、そして力強く揺さぶり続けている。

『カナリア』が放った最後の衝撃。 そのノイズが消えた後に残る、ある種の清々しさこそが、彼らが本当に伝えたかったすべての感情の着地点だったのかもしれない。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。