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「なんで再放送されないの?」放送終了から24年経てもなお “忘れられない”と語り継がれる『至高ドラマ』

  • 2026.1.17

2000年代初期のテレビドラマには、今振り返ってみると「よく地上波で放送されていたな」と思わされるほど、鋭く、過激で、そして人間の核心に踏み込んだ作品が数多く存在します。それらはコンプライアンスという言葉が、まだ今ほど強くなかった時代だからこそ生まれ得た“危うさ”と“自由さ”をまとっていました。

今回お届けするのは、そんな時代に生まれた名作ドラマを振り返る企画“2000年代初期に放送された名作ドラマ part2”第1弾として取り上げるのが、2002年放送のフジテレビ系ドラマ『薔薇の十字架』です。今なお「忘れられない」と語られ続けるこの作品の魅力を、改めて紐解いていきます。

※本記事は、筆者個人の感想をもとに作品選定・制作された記事です
※一部、ストーリーや役柄に関するネタバレを含みます

あらすじ

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ドラマ『薔薇の十字架』の記者発表に出席した石田ゆり子(C)SANKEI
  • 作品名(放送局):ドラマ『薔薇の十字架』(フジテレビ系)
  • 放送期間:2002年10月10日~2002年12月12日
  • 出演者:三上博史、石田ゆり子、勝村政信、佐藤藍子、天海祐希 ほか

売れっ子CMディレクターの工藤桐吾(三上博史)は結婚6年目の妻・澄子(石田ゆり子)、足の悪い母・サエ(中尾ミエ)と平凡な日常を送っていました。澄子との間に子供はいません。表向きは平和に見える家庭でしたが、家族の誰もが「子供」の存在についてそれぞれ思うところがあり、どこか緊張感のようなものが漂っていました。

一方、帰国子女で外資系コンピューター会社に勤める高畑暁(天海祐希)は、両親の離婚の経験から結婚が幸せなものと思えず、男性不信に陥っていました。ただ、将来を考えると子供だけは欲しい。矛盾し相容れない状況に流されながら、桐吾と暁は運命的な出会いを果たします。

人が人生に求めるものは、仕事か愛か、あるいは自分が生きていたという証としての子供なのか。

「自分」と「子供」というエゴイズムの象徴と、「愛」という他者あっての感情に挟まれ、2人が流されていく先に待ち受けるものはーー。

”愛”という名の暴力

『薔薇の十字架』が突きつけてくるのは、“仕事か愛か、人生に求めるものは何か”という問いかけです。

脚本は「神様、もう少しだけ」の浅野妙子さんが担当。妻帯者ながら子供がいない男と結婚はしたくないが子供は欲しい女が繰り広げる新しいタイプの『夜メロ』です。本作では浅野さんの脚本らしく、現代的で複雑な恋愛模様、多様な価値観を深く描き切っており、毎回視聴者を魅了しました。

また「男と女というのは、互いに利用しあう関係に過ぎないのか」という普遍的な課題を目を逸らすことなく見つめた意欲作でもあります。

石田ゆり子という存在

本作を語る上で欠かせないのが、石田ゆり子さんの存在です。柔らかく、穏やかなイメージを持つ彼女が演じる澄子は、感情を爆発させることがほとんどありません。夫の耐え難い裏切りが発覚しても、泣き叫ぶことも怒鳴ることもありません。ただ、静かに、確実に壊れていく。

その抑制された演技があるからこそ、“この人はもう限界なのだ”ということが、逆にキリキリと痛いほど伝わってきます。

当時の石田ゆり子さんにとっても、本作はキャリアの中で異色かつ挑戦的な作品だったと言えるでしょう。今の彼女の穏やかなイメージを知っているからこそ、改めて観返すと、その振り幅に驚かされます。

今では放送が難しい“危うさ”

『薔薇の十字架』は、現在のテレビドラマではまず成立しない作品です。精神的支配、家庭内の歪み、エゴイズムと葛藤。どれもが過剰な説明なく、しかし隠すこともなく描かれています。

SNSでも近年になって再評価され、「なんで再放送されないの?」「再放送してくれないかなぁ…贅沢なドラマ」「どのシーンもキレイで時が止まる」といった再放送を待望する声が多く見られます。

今なお語り継がれるのは、本作が“過激だから”ではなく、人間の本質を誤魔化さずに描いているからにほかなりません。

静かに心を抉る、2000年代ドラマの到達点。

『薔薇の十字架』は、万人におすすめできる作品ではありません。観終わったあと、爽快感や希望が残るわけでもないでしょう。それでも、「忘れられない」「もう一度観るのは覚悟がいる」そう語られ続ける理由が、この作品には確かにあります。

2000年代初期という、テレビドラマがまだ“無防備”でいられた時代に生まれた、ひとつの到達点。あまりにも鋭く、美しく、残酷な名作です。そうまさに、薔薇のように鋭く美しいのです。

未視聴の方も、かつて観たことのある方も、心に余裕のあるときに、ぜひ改めて向き合ってみてください。きっと、今の自分だからこそ感じ取れる何かが、そこにあるはずです。


※執筆時点の情報です