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29年前、月10ドラから流れた“優しさの正体” 喧騒よりも存在感を放ったワケ

  • 2025.12.19

「29年前、あの頃の夜の街って、どんな表情をしていたか覚えてる?」

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筒井道隆-2009年撮影(C)SANKEI

東京Qチャンネル『素直なままで恋をしようよ』(作詞:須藤まゆみ・作曲:割田康彦)――1996年1月31日発売

彼らが放ったこの1曲は、華やかなトレンドの影にそっと息づくように、静かに、確かに、聴く人の心に残り続けていった。

揺らぎを抱えた時代に生まれた、小さな“透明感”

東京Qチャンネルは、1994年にシンガーの須藤まゆみと作曲家・割田康彦によって結成されたポップユニット。表舞台の喧騒よりも、“丁寧に作られた音と言葉”を大切にするスタイルで、音楽シーンの中でも独自の存在感を放っていた。

『素直なままで恋をしようよ』が主題歌となったフジテレビ系ドラマ『明日はだいじょうぶ』(毎週月曜22:00〜)は、筒井道隆演じる若きサラリーマンが妻を事故で失い、生後8か月の息子と二人きりの生活に向き合う物語。仕事と育児の両立に悩む中、財前直見演じるフリーライターと出会い、親子の姿を通して成長と再生が描かれる“父親奮闘ドラマ”だ。

このドラマの“静けさと温度差の少ない感情線”が、曲の持つ爽やかさと驚くほど自然に寄り添っていた。須藤まゆみの柔らかな声質と、割田康彦のメロディメーカーとしての繊細な感性。そのふたつが重なった時、派手さとは正反対の、“澄んだ空気がそのまま形になったような曲”が生まれた。

心にそっと触れる、優しさの正体

アレンジは軽やかだが薄くはなく、メロディラインはシンプルだけれど決して単調ではない。須藤の透明感ある歌声が乗ることで、聞き手の心に柔らかく染み込んでいく。

特にサビ前後の構成は、感情を押しつけず、語りかけすぎず、ただ自然に“メロディが感情を運んでくる”ように設計されている。

そのため聴く側は、曲に導かれるというより、まるで自分の心が少しずつほぐれていくのを感じる。そんな、不思議な安心感がある。

作詞を担当した須藤まゆみは、シンガーとしてだけでなく、言葉を選び抜く作家としての側面も持っている。彼女の書く恋愛の情景は、甘さよりも誠実さ、繊細さよりも“息づかいのリアル”が特徴だ。

作曲の割田康彦は、ポップスの芯を捉えたメロディラインを生み出す職人肌のコンポーザー。この曲でも、無駄な起伏を避けながら、聴けば聴くほど味わいが増す滑らかな曲線が主旋律をつくっている。

同時期の音楽シーンと比べると、この曲は派手な存在には見えないかもしれない。しかし、少し疲れた夜や、誰かに優しくしてほしい日の帰り道に聴くと、その小ささこそが美しさなのだと気づかされる。

冬の空気とともに蘇る、あの頃の気持ち

90年代のドラマ主題歌には、“生活のどこかに入り込んで消えない”という特性があった。『素直なままで恋をしようよ』もまた、ドラマを見ていた人だけでなく、テレビの前を通り過ぎただけの人の心にも、そっと引っかかるような曲だった。

時代が変わり、再生ボタンひとつで何万曲も選べるようになった今でも、この1曲を耳にすると、あの頃の夜の街の光や、胸の奥にあった小さな不安と期待が、静かに蘇ってくる。決して大きな声で語りかけてくるわけではないのに、いつの間にか気持ちがほどけていく。そんな優しい力を持った、時代の空気に寄り添う名曲だった。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。