1. トップ
  2. 34年前、ビートが刻んだ“心の衝動” 歌姫の美声が放つ「芯の強さ」と「儚い色気」

34年前、ビートが刻んだ“心の衝動” 歌姫の美声が放つ「芯の強さ」と「儚い色気」

  • 2025.12.10

「34年前、恋ってもっと慌ただしくて、せつなくて、どうしようもなかった気がしない?」

冬の冷たい風が街角のポスターを揺らし、ビルの窓に映るネオンが少しだけ滲んで見えた1991年の始まり。景気の熱気はまだ残りながらも、人の心の奥にはどこか落ち着かないざわめきが宿っていた。そんな空気の中で、ひと筋のスピード感が胸に飛び込んでくるような曲がリリースされる。

工藤静香『ぼやぼやできない』(作詞:松井五郎・作曲:後藤次利)――1991年1月23日発売

まるで「立ち止まっている暇なんてないよ」と囁きかけるように、都会の朝の光の中を駆け抜けていく一曲だった。

静香が見せた“止まらない季節”の幕開け

『ぼやぼやできない』は、工藤静香の12枚目のシングルとして届けられた作品だ。

彼女がソロアーティストとして確固たる存在感を築き始めていた時期で、『嵐の素顔』『黄砂に吹かれて』『くちびるから媚薬』などのヒットを重ね、表現力の幅が一段と広がっていた頃と重なる。

作詞は松井五郎、作曲は後藤次利という鉄壁のコンビ。二人が組んだ楽曲は、静香の“芯の強さ”と“儚い色気”を同時に引き出すことで知られており、この曲でもその魅力は存分に生かされている。

当時の音楽番組を観ればわかるように、彼女の歌声は繊細さの裏に、どこか迷いを振り払うような力を宿していた。その声が勢いあるメロディに乗った瞬間、聴く側の胸にも“前に進むしかない感覚”がふっと灯る。それが、この曲が長く愛される理由のひとつだ。

undefined
1994年、東京・代々木第二体育館でコンサートをおこなった工藤静香(C)SANKEI

迷いを切り裂くビートと、都会の朝のようなサウンド

『ぼやぼやできない』のサウンドは、イントロから気持ちを掴みにくる。軽快に刻まれるリズムとシャープなギターが駆け出しの一歩を後押しし、メロディラインは“走りながら考える恋”のような緊張感を帯びている。

後藤次利の曲作りは、ポップスでありながらロック的な疾走感を忘れない。その上に松井五郎による言葉が乗ることで、恋の迷い、焦り、期待…そうした複雑な温度が、ひとつの流れの中に自然に溶け込んでいく。

工藤静香の芯がある声質が、このスピード感のある曲をただ軽快にするのではなく、“心の輪郭を際立たせるような揺らぎ”を生み出している。

まるで、朝の冷たい空気に深呼吸をした瞬間のような清々しさが、彼女の歌い出しとともに広がっていく。

変わる時代の中で、変わらなかった“前に進む感覚”

1991年は、時代がゆっくりと転換していった年だった。華やかだった80年代の余韻が残りつつも、人々の生活には現実的な空気が少しずつ漂い始めていた。『ぼやぼやできない』には、その空気の中を走り抜けるような軽さと、逃げない気持ちがある。

聴いていると、ふと胸の奥に“よし、今日もやるか”という小さな火が灯る。恋も仕事も不器用で、でも止まれなかったあの頃の自分を思い出させてくれる。だからこの曲は、時代を越えても力を失わずに心に残るのだ。

立ち止まれなかったあの冬の空気は、今聴いても変わらず胸を押してくれる。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。