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35年前、大人気ユニット解散後に響いた“アカペラ”の衝撃 10万枚限定で挑んだ“静かな再出発”

  • 2025.12.1

「35年前の冬、どんな音が街を包んでいたか覚えてる?」

1990年12月。イルミネーションの灯りがやや控えめに揺れて、師走の空気はどこか冷えていた。浮かれすぎない街のムードに、ふっと寄り添うような音……そんな想像を掻き立てる1枚が、この年の冬にひっそりと届いている。

布袋寅泰『Deja-vu』(作詞・作曲:布袋寅泰)――1990年12月12日発売

販売数は10万枚限定。けれど、静けさの奥で灯る熱のように、このシングルは特別な存在感を放っていた。

静かな再出発が生んだ“冬の響き”

COMPLEXとして駆け抜けた2年を経て、布袋寅泰が再びソロへと歩みを戻したのが、この『Deja-vu』だった。前作『DANCING WITH THE MOONLIGHT』はイギリスでのリリース。そのため、日本での“ソロ1stシングル”として真正面から扱われた最初の作品が、この1枚になる。

全3曲収録だが、その構成は非常に異色。1曲目と2曲目はインストゥルメンタル。3曲目は布袋自身のボーカルによるアカペラ。つまり、一般的なシングルの枠組みからすると、かなり“尖ったつくり”だった。冬の静けさの中に、アーティストとしてのリセットと挑戦が同居していた。

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2022年、プロボクシング WBA・IFWBC世界バンタム級王座統一戦「井上尚弥vsノニト・ドネア」で演奏する布袋寅泰(C)SANKEI

パリの空気を吸い込んだ“無言の温度”

1曲目は『Deja-vu(in X’mas)』。タイトル通り、クリスマスのために作られたオリジナルバージョンだ。布袋が自分がクリスマスに聴きたい曲として制作。だからこそ、この曲には誰かのためではなく“自分の感覚に正直な冬”が収められている。

2曲目は、布袋のアコースティックギターに、バイオリンの中西俊博、アコーディオンのCobaなど豪華なメンバーを迎えたセッション曲『in Paris』。名前の通り、異国の路地裏を思わせる空気感があり、柔らかな仄暗さと温度が共存している。きらびやかではない。だけど耳を澄ましたくなる“余白の音楽”がここにはある。

3曲目のアカペラバージョンは、布袋が“日本語詞でソロ作品を歌った”重要な一歩だった。ギターを置き、声だけで向き合う構成は、同時にアーティストとしての“素の輪郭”をさらけ出す行為でもある。

派手なサウンドでも、躍動するリフでもなく、静かな声が真ん中に置かれている。その選択こそ、布袋寅泰の幅の広さと、表現者としての成長の芽を感じさせる瞬間だった。

限定10万枚で示された“音の実験室”

このシングルが10万枚限定だったことは、商業的成功を狙うよりも、アーティストとしての表現を優先した姿勢の象徴でもある。まだCDが大量生産フェーズに入る前夜の1990年、あえて“限定”にして届けられた作品には、特別な温度があった。

布袋寅泰のギターは、当時すでに圧倒的存在感を持つものだったが、この『Deja-vu』では“音を埋めない、鳴らしすぎない美学”が際立つ。冬の空気をまとったような凛とした響きが、聴く時間や場所によって表情を変える。

冬の街にそっと残った“足跡”

クリスマスといえば華やかな曲が並ぶなか、『Deja-vu』はその対極にある。温度は低いようで温かい。控えめなのに奥行きがある。冬の夜道でひとつ呼吸を置くように、静かに耳へと染み込んでいく。

聴き返すたびに、あの冬の冷たい空気と、胸の奥の熱が同時に蘇るそんな不思議な感覚を抱かせてくれる作品だ。

あの日のイルミネーションの色、冷たい夜気、街のざわめきの奥に潜んでいた孤独と期待。それらすべてをやわらかく包み込むように、今もこのシングルは静かに鳴り続けている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。