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29年前リリース→110万枚超の“素朴なのに胸を刺す”旅人の歌 プロじゃないから伝わる“希望の大ヒット”

  • 2025.10.27

「29年前、白い雲を見上げて泣いたこと、覚えてる?」

1996年の冬、日本列島を席巻したのはアイドルでもロックバンドでもなかった。テレビ番組から生まれた、2人の若者の旅と、その終着後にリリースされた1曲だった。

猿岩石『白い雲のように』(作詞:藤井フミヤ・作曲:藤井尚之)――1996年12月21日発売

伝説的なバラエティ番組『進め!電波少年』(日本テレビ系)の「ユーラシア大陸横断ヒッチハイク」の企画をきっかけに誕生したこの曲は、笑いと涙、希望と現実が交差する“時代の記録”そのものだった。

旅の果てに生まれた“奇跡のデビュー曲”

猿岩石は、有吉弘行と森脇和成によるお笑いコンビ。2人はまだ無名の若手芸人だったが、番組の過酷な企画に挑戦したことから一躍注目を集めた。放送では、アジアからヨーロッパへとヒッチハイクで旅を続ける彼らの姿が描かれ、視聴者は次第にその“素朴な人間ドラマ”に惹かれていった。

帰国した2人を待っていたのは、思いもよらぬ光景だった――自分たちの旅が、日本中を感動させていたのだ。その感動の余韻を形にするように誕生したのが、この『白い雲のように』だった。

プロデュースは秋元康。作詞は藤井フミヤ、作曲は藤井尚之。チェッカーズ出身の藤井兄弟=F-BLOODが描いたメロディと詞は、「がむしゃらに生きる若者の姿」を誰もが自分に重ねられるような“普遍の青春”へ昇華していた。

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1997年、第39回日本レコード大賞新人賞を受賞した猿岩石(C)SANKEI

“藤井兄弟”が描いた、やさしさの中の強さ

藤井フミヤと藤井尚之。兄弟であり、アーティストとしても息の合ったこのコンビが手がけたことで、楽曲には独特の温もりが宿った。

メロディはどこまでも優しく、切なさと前向きさの境界線をたゆたう。そこに乗るのは、決して歌い慣れていない猿岩石2人の素直な声。プロの歌手とは違う“等身大の声”が、リスナーの胸にまっすぐ届いた。

「上手く歌おうとしないことで伝わる真実がある」――そんな不思議な力がこの曲にはあった。

それは、豪華なアレンジや技巧を排した“シンプルな誠実さ”の美しさでもある。まさに“白い雲”のように、形を持たないのに心を包み込むような楽曲だった。

“視聴率”では測れない、リアルタイムの共感

発売当初は、番組視聴者を中心に口コミで広がっていった。猿岩石がメディアで話題になるに連れ、日本中が彼らの旅と歌に心を重ねていった。結果としてCDは110万枚を超える売り上げを記録し、長期にわたってランキング入りするロングヒットとなった。

音楽的な完成度だけでなく、「頑張ることの尊さ」を真正面から描いたストーリーが、多くの人の心に火を灯した。

90年代半ば、バブルの余韻が消え、閉塞感が漂っていた日本社会。そんな時代に、どんな困難な状況でも旅を続ける2人の姿と、この曲の“まっすぐな光”は、人々の心に希望を残した。

25年後の“再会”が示したもの

2022年、この曲は思いがけない形で再び脚光を浴びた。純烈とダチョウ倶楽部が『白い雲のように』をカバーし、『第73回NHK紅白歌合戦』で披露したのだ。この舞台には、猿岩石の元メンバー・有吉弘行も登場。デビューから25年を経て、彼自身の“紅白出場”が叶う瞬間となった。

さらに翌2023年の『第74回NHK紅白歌合戦』でも、藤井フミヤと有吉が同曲で共演。時を越え、当時の“旅”が再び繋がった瞬間だった。

“白い雲”のように、時代を越えて漂う

『白い雲のように』は、もはや単なるヒット曲ではない。それは「頑張ることの意味」や「人の優しさ」を象徴する、ひとつの時代の記憶である。

笑って泣いて、また歩き出す――そんな青春のすべてが、この曲には詰まっている。

あの日テレビの前で涙した人も、今はきっと違う場所で生きている。けれど、ふとした瞬間にこのメロディを耳にすれば、あの頃の空の広さと、心のまっすぐさを思い出す。

『白い雲のように』は、今日もどこかで、静かに誰かの背中を押しているのだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。