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26年前リリース→50万枚超の“荒削りだけど温かい”ロングヒットソング アコギ1本で届ける応援歌

  • 2025.10.25

「26年前、あの空に何を飛ばしたか覚えてる?」

90年代最後の年、街の空気は少しずつ落ち着きを取り戻していた。渋谷や下北沢ではアコースティックギターを抱えた若者が歌い、どこか素朴で、でもまっすぐな音楽が支持されはじめていた。そんな時代に、まるで風を切るように届いた一曲がある。

19『あの紙ヒコーキ くもり空わって』(作詞:326・作曲:19)――1999年3月20日発売

まっすぐな声が、曇り空を突き抜けた

19は、岡平健治と岩瀬敬吾による二人組、そしてイラストレーターの326(ミツル)が作詞・ビジュアルを手がけるという独特のスタイルで活動した音楽ユニットだ。

デビュー当初から、どこか“手づくり感”のある音楽が特徴だったが、この『あの紙ヒコーキ くもり空わって』で一気に全国区へと羽ばたくことになる。

歌声もサウンドも、まるで飾り気のない日記のよう。言葉よりも“想い”が先に走っていくような勢いがあった。彼らの音楽は技巧的ではないが、ストレートな感情の放物線がそのまま旋律になっているようで、リスナーの胸を真正面から突き刺した。

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19-2000年撮影 (C)SANKEI

“曇り空をわって飛ぶ”ように広がった共感

この曲は、リリース直後こそ静かなスタートだったが、ラジオや音楽番組でじわじわと注目を集める。ランキングを少しずつ上昇し、気づけばロングヒットへ。まるで紙ヒコーキが上昇気流に乗っていくように、人々の心の中で広がっていった。

最終的にハーフミリオン(50万枚)を達成し、彼らは同年の『第50回NHK紅白歌合戦』にも初出場を果たす。

岡平の力強さと、岩瀬のやわらかさ。その2人が生み出すコントラストが、彼らの音楽に“青春”の匂いを与えていた。派手なアレンジはない。ギターと声、そして少しのリズム。どんな豪華な編曲よりも、「伝わる」ことの強さを感じさせてくれた。

時代が求めていた“手の届くリアル”

1999年といえば、J-POPが成熟し、サウンドはどんどん洗練されていった時代。19のようなアコースティックで等身大のスタイルは、明らかに異彩を放っていた。

彼らの音楽には、“背伸びしない勇気”があった。完璧でなくていい、立ち止まってもいい、そんな等身大のメッセージが、当時の若者の心に自然と寄り添ったのだ。

この曲が多くの人にとって“自分に向けられた応援歌”のように響いたのは、まさにその誠実さゆえだろう。

326が描いた世界観と、音楽の融合

ビジュアル・プロデュースを担当した326は、当時すでにイラストレーターとしても人気が高く、彼の温かくも切ないタッチが19の世界観を象徴していた。ジャケットやアートワークに描かれたイラストは、希望や不安を抱えた青春の象徴でもあった。

音楽とビジュアル、そして言葉が一体となってリスナーの心に残る――そんなコンセプトを実現したのも、19というユニットのユニークさだった。

それでも、彼らは“青春”のままで

その後も19はヒットを重ねたが、2002年に惜しまれつつ解散。短い活動期間の中で残した曲たちは、どれもまっすぐで、青くて、どこまでも誠実だった。

『あの紙ヒコーキ くもり空わって』を聴くと、あの頃の自分がまだ空を信じていた気持ちを思い出す。たとえ風が強くても、思うように飛べなくても、飛ばそうとした気持ちは決して無駄じゃない。そんなメッセージを、今でも静かに投げかけてくれる。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。