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35年前、1位を獲得した“低音が刺さる”アイドルソング 25万枚超えの自己紹介の歌

  • 2025.10.25

「35年前の秋、あなたはどんな恋をしていましたか?」

1990年。街にはバブルの余韻が残りつつも、どこか静かな空気が漂っていた。そんな時代に、“飾らない強さ”を歌う女性の声が、多くの人の胸を震わせた。

工藤静香『私について』(作詞:中島みゆき・作曲:後藤次利)――1990年9月21日発売

前年の『黄砂に吹かれて』に続く、中島みゆきと後藤次利による最強タッグ。彼女にとって11枚目のシングルであり、発売直後にランキング1位を獲得。クォーターミリオン(25万枚)を超えるセールスを記録した。

言葉よりも強く響いた“静けさ”

この曲が発表された当時、20歳となった工藤静香はすでにトップアイドルの地位を確立していた。しかし『私について』で彼女が見せたのは、華やかさではなく、静けさの中の成熟だった。

イントロから漂う切なげな旋律、低音から高音へ自然に移ろうボーカルライン――その流れを描いたのは作曲家・後藤次利。しなやかでありながら芯のあるメロディは、工藤静香の声の深みを見事に引き出している。

そこに中島みゆきの言葉が重なることで、“感情を語らずに伝える”という独特の世界が完成した。ふたりの才能が静かに響き合い、まるで秋の夕暮れに染まる光のような、温かさと寂しさが共存する楽曲となった。

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工藤静香-1997年撮影 (C)SANKEI

“成熟”を描いた再会

この二人の組み合わせといえば、1989年の『黄砂に吹かれて』が記憶に残る。そこでは、愛を終わらせる強さと痛みが力強く描かれていた。

一方、『私について』では、その同じ情念をより内側に沈め、“愛の中で自分を見つめる女性”を静かに映し出している。

どちらも“自立”や“孤独”を軸にした中島みゆきらしい世界観だが、表現の方向が外向きから内向きへと変化したことで、工藤静香の歌声にも新しい深みが生まれた。

中島の言葉が描く心の揺れに、後藤次利の繊細なメロディが寄り添い、女性の強がりと脆さがひとつの呼吸のように交わっていく。その世界を、工藤静香はまるで自分自身の物語のように歌い切っている。

“大人の女性”への階段を上る声

この頃の彼女の歌声は、アイドル的な甘さを残しながらも、低音に深みが出てきた時期。

特にサビに向かうブレスの繊細さは、“歌う”というより“語る”ような表現で、聴く者の心にまっすぐ届く。

感情を爆発させるのではなく、抑えながらにして滲み出る温度感――そのバランスが絶妙だった。アーティストとして、大人の女として洗練されていく姿。『私について』は、そんな彼女の表現の転換点に位置する一曲だったといえる。

秋の風景に溶け込むように残った歌

1990年の秋。トレンディドラマや派手なダンスナンバーが流行する中で、この曲の静けさはひときわ異彩を放っていた。街の喧騒から少し離れた場所で、心の奥にそっと灯をともすような歌。聴くたびに、誰もが自分の“当時の気持ち”を思い出してしまうような、そんな不思議な力を持っている。

工藤静香にとってこの曲は、シンガーとしての表現力を磨く過程での大切な一歩だった。そして中島みゆき・後藤次利という稀代の作家陣が描き出した“女性の素顔”が、彼女の声によって見事に結晶化した。

あれから35年。この歌を聴くと、あの頃の秋風が今もどこかで吹いているような気がする。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。