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“素”のままの本が収まったハコが理想。アーティスト・長場雄の本棚

  • 2025.9.18
アーティスト・長場雄

本が作る風景でアトリエを穏やかにする

一冊一冊が主張する本棚より、本がパッケージされた「ハコとしての本棚」を作りたいから、と長場さん。

「本のカバーは自己主張するためのお化粧だとも思うので、生活空間ではそれを外し、“素”のままで置いておきたい。フラットな状態の本がピシッと収まったハコが理想のイメージです」

棚は英国の〈ヴィツゥ〉製。ドイツのインダストリアルデザイナー、ディーター・ラムスが1960年にデザインした名作だ。前面をぴたりと揃えて並べられているのは、写真集や図録やドローイング集。背表紙には、黒や白抜きの文字で、あるいは触れた指が心地いい刻印で、最低限の情報だけが記されている。主張がそぎ落とされた分、書体や装丁の美しさがスッと目に飛び込んでくるのがすがすがしい。

「一歩離れて棚を眺めた時の景色がきれいだと、その中の一冊ずつも良く見えるし、手に取りたくもなります」

アーティスト・長場雄 自宅 本棚
都内の住宅地に立つアトリエの本棚。写真集や画集はカバーを外し、色で分けて並べている。壁付けの棚は〈ヴィツゥ〉製。右下のハコ形スツールはル・コルビュジエの「LC14」。
アーティスト・長場雄 自宅 本棚
ドナルド・ジャッドやデイヴィッド・ホックニーから松本大洋にディック・ブルーナまで。「ヴィツゥの棚は色のトーンが秀逸で、これだけいろんな色を並べても馴染むんです」

about BOOKSHELF

〈BRAUN〉社のプロダクトでも知られる工業デザイナー、ディーター・ラムスの「606 ユニバーサル・シェルビング・システム」。長場さんは床から浮いて見えるよう設置した。

個性を主張するのではなく、個性を抑えることで人を惹きつける。要素を少なくすることで、豊かな奥行きを想像させる。長場さんの本棚は、長場さんの絵が持つ引力にもよく似ている。

「本は創作の源や栄養になるものだから、装丁や手触りも含め、良さそうだと感じたらあまり迷わず買っているかな。でも、すぐに役立つ答えが欲しいわけじゃないんです。見ると落ち着くとか、十数年後に“読んでおいて良かった”と思うかも、ぐらいのフィーリングで選んじゃう。本を買うことに関しては、自分を甘やかしてます」

手に入れた本は、ふさわしい場所を作ってきれいに収めておきたい、と長場さんは言う。とりわけアトリエでは。

「普段視界に入るものは、描く絵にも影響します。気持ちがアップダウンしない穏やかな環境で制作したいので、本棚の景色ってやっぱり大事なんです。本がきちんと並んだハコのような本棚なら目にしても気持ちいいし、ハコに収められていると、大切にされていることも伝わりますよね」

アーティスト・長場雄 自宅 本棚
棚の最上段にはカバーのまま並べた7冊。デュシャン、マティス、ウォーホルと、日本にミロのヴィーナスを紹介した西洋美術史研究の先駆者・澤木四方吉(よもきち)の書。
アーティスト・長場雄 自宅 本棚
カバーを外すことでタイポグラフィの魅力が際立つ。

本棚を眺めながら答えが浮かぶのを待っている

ハコとしての本棚だけでなく、本自体も心地よさをもたらすものが好き。例えば、1960年代~70年代にカラー写真の新しい表現を試みた“ニューカラー”のパイオニア、ウィリアム・エグルストンによる最初期の写真集。

「有名な大判の写真集も持っていますが、手が伸びるのはわずか24ページの薄い復刻版。ありふれた日常を写した空気感や構図にもグッとくるし、写真の一点一点が、真っすぐ目に入り込んでくるんです。イギリスの建築家ジョン・ポーソンの作品集も、眺めるだけでうっとりする一冊です。

彼の建築は、細部まで研ぎ澄まされたハコの集積のよう。でも実は、階段の手すりが楕円形だったりして、どこかお茶目なんですよね。来日した際に対談を聞きに行ったら、とてもユーモアのある温かな方で。どれだけミニマルな作品を作っても、そこには人柄が滲(にじ)み出るものなんだな、と共感しました」

一方、正解が掴(つか)めないから面白いのが、コンセプチュアルアートの第一人者、河原温の「Today Series」を扱った写真集だ。「Today Series」は、単色のキャンバスに、制作日の日付だけを白抜きの数字とアルファベットで描いた作品。デイトペインティング(日付絵画)とも呼ばれている。

『Morals of Vision』William Eggleston/写真
“ニューカラー”の先駆者であり、なにげない日常を詩的風景へ高めた作品で知られるウィリアム・エグルストン。彼が1978年に15冊だけ制作したアーティストブックの復刻版。静物、風景、ポートレートなど、オリジナル版にはないものも含めた9点のカラードカプラー・プリントが貼り込まれている。表紙はクロス張り。Steidl。
『John Pawson Anatomy of Minimum』Alison Morris/写真.jpg
建築家ジョン・ポーソンの作品集。イギリス郊外の自邸のほか、ドアノブや食器などデザインを手がけたプロダクトも掲載。「20代で来日して寺院や茶室に影響を受け、倉俣史朗のスタジオを頻繁に訪れていたという経歴も興味深いです」。写真はカバーを外した状態。PHAIDON。
『On Kawara, Date Paintings in Private Collections』Candida Höfer/写真
現代美術作家・河原温の「Today Series」を所有するコレクターたちのプライベート空間などを撮影。撮影はドイツの写真家カンディダ・ヘーファー。キュレーターは今年逝去したドイツ現代美術界の重鎮カスパー・ケーニッヒ。写真はカバーを外した状態。Walther König。
『Early Color』Saul Leiter/写真
2013年に亡くなる直前まで毎日写真を撮り、絵を描き、膨大な作品を遺したソール・ライターの初写真集。1940年代後半~50年代に、ニューヨークのダウンタウンで撮影されたカラー写真を収録。「派手なところのない、スッと引いた佇まいの作品が選ばれているのが素晴らしいんです」。写真はカバーを外した状態。Steidl。
『FAMILIARITY』Curated by Lucie and Luke Meier
〈ジル サンダー〉の世界観を伝える写真集。アンダース・エドストローム、マリオ・ソレンティら5人の写真家が、それぞれの自宅や庭でブランドのコレクションを撮影。「肉厚の表紙とミシン綴じの製本による贅沢な装丁がたまらない。ビジュアルも美しくて、見るたび幸せな気持ちになります」。JIL SANDER PUBLISHING。

「作品を所有するコレクターの家やオフィスを撮影した写真集なのですが、ポップアートのような家具と合わせて飾ったカッコいい部屋もあれば、黒革のソファが鎮座するお堅い企業の応接室にも飾られていて、作品と人のつながり方って面白いなあと思います。

出会った時の熱量やタイミングが、その後の両者の関係性にも作用する。偶然出会うものもあれば、必然もあるし、『Today Series』の中に自分の誕生日が描かれた一枚があったら、とてつもなく強いつながりを感じるでしょう。

そもそも日付だけでアートになるってどういうことなのか。僕はハタチの頃にこの作品と出会って、答えがわからないままずっと追い続けているんです。すぐ正解が見えるものとは真逆の存在だから、頭の中にイメージだけが重なり続け、いつかどこかのタイミングでふっとレイヤーのいちばん上に現れるのかもしれない。本棚を眺めながら、その時を待っているような気がします」

アーティスト・長場雄
窓の外に広がる緑と穏やかな環境に惹かれ、2021年から制作拠点にしているアトリエ。

profile

長場雄(アーティスト)

ながば・ゆう/1976年東京都生まれ。白黒のラインによる手描き作品で、雑誌や広告、コンバースやクオバディスなどブランドとのコラボレーションまで幅広く手がける。下北沢駅の施設〈シモキタエキウエ〉の壁や柱に描いたアートも話題に。

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