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「ハモリ最高!」「イントロが鳥肌」30年後も心を揺さぶる“鋭利なギターの凍てつくロック” J-POP黄金期に刻まれた“布石の一曲”

  • 2025.10.1

「30年前の冬、あなたはどんな音楽に耳を傾けていた?」

1995年1月。冷たい北風がビル街を吹き抜け、吐く息は白く漂う。駅前の雑踏では、コートに身を包んだサラリーマンが足早に改札へと向かい、学生たちは友人と肩を寄せ合いながら笑い声を響かせていた。その中でひときわ耳を突き刺すようなサウンドが鳴り響いた。鋭いギターのリフ、疾走感あるリズム、そして突き抜ける歌声――その瞬間、冬の空気さえ震わせるかのような力を持っていた。

GLAY『Freeze My Love』(作詞・作曲:TAKURO)――1995年1月25日発売

この一曲は、後に国民的バンドとなるGLAYが放った4枚目のシングルであり、未来へと続く扉を開くような一歩だった。

氷の風を切り裂くサウンド

『Freeze My Love』の大きな魅力は、冬の冷気と共鳴するような鋭利なサウンドにある。イントロから突き抜けるギターは、まるで氷の壁を切り裂く刃のように響き渡る。リズム隊が刻むビートは突進する列車のごとく重く力強く、聴き手を一気に引き込む。そこにTERUのボーカルが重なることで、硬質さの中に儚さが生まれ、冷たさと熱さがせめぎ合う独特の世界が広がっていた。

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GLAYのボーカル・TERU (C)SANKEI

若さが放つ衝動と研ぎ澄まされた力

このシングルの本質は、勢い任せではない、確かな衝動のエネルギーにある。TAKUROが描いた旋律は直線的で迷いがなく、言葉数を抑えた表現がむしろ切実さを際立たせていた。HISASHIのギターは氷点下の夜空を切り裂く閃光のように鋭く、TERUのボーカルを際立たせる存在感を放っていた。

そこに、JIROのタイトでしなやかなベースラインが加わることで、全体の重心がしっかりと保たれた。さらに佐久間正英のプロデュースが、メンバーそれぞれの衝動をひとつの音像へとまとめ上げ、若いバンドならではの熱量を研ぎ澄まされたロックチューンとして結晶化させている。「これから大きく羽ばたく」予感は、無秩序な勢いではなく、確かな演奏力と統制の中から生まれていた。

そして、この曲を象徴するのがHISASHIのギターソロだ。長めにとられたパートは、彼のフレーズ感や遊び心を存分に響かせ、楽曲全体にさらなるスケール感を与えている。のちにシングル曲がコンパクトに構成されていく中で、この自由度の高いソロは初期GLAYの荒々しくも瑞々しい魅力を今に伝える重要な要素となっている。

シーンに刻んだ布石の一曲

シングル『Freeze My Love』は、当時の音楽チャートを大きく賑わせた作品ではない。しかし、この一曲を経て、GLAYは飛躍へと駆け出していく。アルバムがミリオンセールスを記録し、シングルが次々とヒットを重ね、気づけばスタジアムを満員にする国民的バンドへと成長していった。その道程を振り返れば、この曲は確実に「未来を告げた布石」として意味を持っていた。

冬に残された衝撃の余韻

『Freeze My Love』を聴いたときの記憶は、「冬の冷たさと熱の衝突」として今も残り続けている。リスナーの感情に焼き付けられた衝撃こそが、この曲の真価だ。

あの冬の街角で耳にした鋭いリフや、TERUの声の伸びが、30年経った今も心の奥底で鳴り響いている人は多いだろう。凍てつく空気を突き破るように走り抜けたサウンドは、時を越えても色褪せない。『Freeze My Love』は、まさに氷点下の中で生まれた衝動の結晶であり、J-POP黄金期の入口に刻まれた貴重な証だった。

30年経った今もなお「ハモリ最高!」「一生好き」「イントロが鳥肌」など称賛の声で溢れている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。