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俺様イメージとは対極… 初回放送“ゲスト女優との共演シーン”から見えていた“俳優としての新境地”【日曜劇場】

  • 2025.9.14

多くの感動と問いを投げかけ、日曜劇場『19番目のカルテ』が最終回の幕を閉じた。放送前から期待された“派手さはないが心に刺さるヒューマンドラマ”は、豪華キャストの熱演によって、確かに形となったと言えるが、本作が現代社会に対して示したものは何だったのか。物語を貫いたテーマ、それを体現した俳優たちの芝居、そして主演・松本潤が見せた新たな可能性から、その功績を振り返ってみたい。

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日曜劇場『19番目のカルテ』最終話より(C)TBSスパークル/TBS

人を診るとはどういうことか―総合診療科が示した「課題」と「希望」

本作の根幹をなしたのは、「病気ではなく、人を診る」という総合診療医の姿勢だった。第1話で原因不明の痛みに苦しむ女性(仲里依紗)の社会的孤立にまで寄り添ったように、このドラマは全話を通して“人の苦しみ”に向き合い続けた。

その姿勢は、専門医との連携の中でさらに輝きを増す。第3話、下咽頭がんを宣告された人気アナウンサー・堀田(津田健次郎)が声を失うわけにはいかないと手術を拒否。外科医の東郷康二郎(新田真剣佑)が効率的な治療を優先する一方、徳重(松本潤)はあくまで本人の「納得」にこだわった。しかし、それは単なる傾聴ではなく、最終的に徳重は自身の考えを伝え、康二郎も自らの言葉で執刀医としての経験と自信を語りかける。異なる立場の医師がそれぞれの役割を果たし、患者を勇気づけたこのシーンは、理想的なチーム医療の姿を映し出しており、総合診療科の必要性を具体的に物語っていた。

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日曜劇場『19番目のカルテ』最終話より(C)TBSスパークル/TBS

シリーズを通して、当初は徳重のやり方に懐疑的だった医師らが徐々にその価値を認め、協調していく様が描かれた。最終話、師である赤池(田中泯)の治療方針を巡り、彼らが徳重のために集結した場面は、総合診療科が院内に連携の輪を生み出す「ハブ」として機能し得ることを直接的に描いていたと言える。

もちろん、物語は理想だけを描いたわけではない。最終話では院長選の対立候補から、採算の採れない総合診療科の存続が危ぶまれる事態となり、その存在基盤の脆さという“課題”も提示された。それでも、赤池が「途方もない夢」と語り、徳重、そして滝野へと受け継がれていく“人を診る”という信念は、複雑化する現代社会において、医療が失ってはならない確かな“希望”であることを、本作は描いていた。

豪華俳優陣が物語に与えた生命力

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日曜劇場『19番目のカルテ』最終話より(C)TBSスパークル/TBS

手術シーンのような派手さがない本作において、患者との“対話”が見せ場となる。だからこそ、俳優たちの熱のこもった演技が本作の見どころになるのは必然だ。

視聴者の目線となり、物語を牽引したのが滝野みずき役の小芝風花だ。「なんでも治せる」医師を目指していた彼女が、第6話で終末期医療の現実に直面する。治せない患者を前に戸惑い、苦しみながらも、患者の半田(石橋蓮司)と共に“最期の瞬間まで続く人生”に寄り添おうとする姿は、多くの視聴者の涙を誘った。徳重に「つらいね」と声をかけられ、堰を切ったように感情を吐露するシーンは、彼女の医師としての、そして人間としての大きな成長を刻みつける名場面だった。

対照的な魅力を見せたのが、東郷康二郎役の新田真剣佑だ。原作から抜け出たような堅物でクールなエリート外科医。その抑制の効いた表情の下で、徳重と関わるうちに人間的な感情が微かに揺れ動く様をリアルに表現し、キャラクターに確かな奥行きを与えた。

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日曜劇場『19番目のカルテ』最終話より(C)TBSスパークル/TBS

そして、赤池役の田中泯の飄々としながらも重厚感のある存在感が本作の要になっていた。第7話、離島で診療医をしている彼は、日本に総合診療科を根付かせることに生涯を費やした存在だ。ただ一人、医師として総合診療科のあるべき姿を追及しつづけた孤高の存在を、田中泯が演じることで、孤高の芸道を突き詰める彼自身の姿と重なり凄みを感じさせた。

また、各話のゲスト俳優の熱演も忘れてはいけない。第3話で声を失う恐怖と葛藤を体現した津田健次郎、第4話で夫婦のすれ違いと愛情を演じきった浜野謙太と倉科カナ、そして第6話で「カッコよく死にたい」と願い、最後まで人生を旅した石橋蓮司。ゲスト俳優に実力者を惜しみなく登場させることでドラマとしての厚みが生まれていた。

俳優・松本潤の新たな扉

主演の松本潤は、この医療ドラマの中心で、静の主人公として存在感を放ち続けた。

かつての「俺様」なイメージとは対極にある、穏やかで柔和な徳重晃。少し身を前に乗り出し、ゆっくりと話を聞く。その姿は、多くの人が病院で経験するであろう「十分に話せない」という不安を解きほぐす、絶大な安心感に満ちていた。第1話で、誰にも理解されず苛立ちを隠せない患者(仲里依紗)の苦しみを、ただ静かに受け止めてみせたあの場面は、彼の新境地を象徴していた。それは単なる優しさや柔らかさだけでなく、深い「包容力」を伴う演技だった。

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日曜劇場『19番目のカルテ』 第1話より(C)TBSスパークル/TBS

本作で松本が見せたのは、強い言葉や派手なアクションに頼らない、「静」の表現力だった。相手の言葉に深く耳を傾ける「聞く芝居」、相手の感情を全身で受け止める「受けの芝居」を通じて、共演者の演技を最大限に引き出しながら、徳重自身の内なる痛みや葛藤をも繊細に表現した。

独特のほほえみから繰り出されるセリフ「あなたのお話、聞かせてください」で最後を締めた本作。この人なら悩みを受け止めてくれるかもしれないと思える確かな包容力をカメラ目線で視聴者に向ける心憎いカット。対話することがシンプルなようでいて、今の社会に失われていることでもある。相手の声に耳を傾けることの大切さを教えてくれた作品だった。


TBS系日曜劇場『19番目のカルテ』毎週日曜よる9時

ライター:杉本穂高
映画ライター。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。X(旧Twitter):@Hotakasugi