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新作ドラマで初回から切り込んだ“現代人の苦悩” 今まであまり描かれることがなかった“新鮮な主人公” 【NHK夜ドラ】

  • 2025.9.12
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『いつか、無重力の宙で』第1週(C)NHK

9月8日から放送が始まった連続ドラマ『いつか、無重力の宙で』は、元天文部の女子4人が超小型人工衛星を作ることで宇宙を目指す物語だ。
大阪の広告代理店で働く望月飛鳥(木竜麻生)は現在30歳。入社9年目で上司から信頼されていたが、目の前の仕事に追われる日々の中で、自分が本当にやりたいことが何なのかわからなくなっていた。そんな彼女の前にかつて天文部の仲間で宇宙飛行士になりたいと言っていた日比野ひかり(森田望智)が現れる。

本作はNHKの夜ドラという月~木の帯ドラマ枠で放送されている。
1話あたりの尺は15分と短いが、各話の密度は高く、とても見応えがある。 ひかりと再会した飛鳥は、超小型人工衛星を作ることで宇宙に行く夢をかなえようと考え、同じ天文部の仲間だった水原周(片山友希)と木内晴子(伊藤万理華)に連絡を取る。そして、大学で宇宙工学の研究室に所属している金澤彗(奥平大兼)と共に、素人の手で超小型人工衛星を作ろうとする。

現在と過去、2作のドラマを同時に観ているような面白さ

4人が再会し、超小型人工衛星を作る物語が本格的に動き出すのは、第2週以降となるようで、第1週はあくまで導入部という感じだったが、それでも本作が名作になるだろうと感じたのは、第1話の描写が実に見事だったからだ。

物語は飛鳥が夜空を見上げているシーンから始まる。
たまのヒット曲『さよなら人類』を口ずさみながら茫然としている飛鳥。足元には彼女のスマホが落ちており、着信音が鳴っている。飛鳥の表情は疲れ果てており、精神的に追い詰められていることがよくわかる。
そこから時間がさかのぼり、彼女の職場での様子が描かれる。 広告代理店のデジタル部門で働く飛鳥は入社9年目。マルチタスクを器用にこなしており、仕事のできる女性だとすぐにわかる。後輩のミスを謝罪するために営業部に同行したり、飲み会の幹事や、他の人の仕事の手伝い等の雑務を頼まれると、ついつい引き受けてしまい、自分の仕事がどんどん後回しになってしまう。

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『いつか、無重力の宙で』第1週(C)NHK

新鮮に感じたのは、仕事のできない新人ではなく、仕事のできる優秀な女性の悩みを描いていること。
職場の同僚はやんわりと彼女に仕事を押し付けてくるが決して悪意があるわけではない。客観的に見れば良い職場で嫌な同僚がいるわけではないし、ブラック企業のような労働問題があるわけではない。
しかし小さな雑務に飛鳥は日々追われており、そのことによってじわじわと精神的に追い詰められている。
おそらく飛鳥のような人は社会に大勢いるのだろう。だが、こういう人は器用にうまくやり過ごしているように見えるため、周囲から問題視されない。そのため、あまりフィクションでは描かれないタイプの人間だが、実はテレビドラマにはこういう人を描き続けてきた歴史がある。
1981年に放送された山田太一脚本の連続ドラマ『想い出づくり。』を筆頭に、日本のテレビドラマは日常生活をベースに名もなき平凡な人々が抱える悩みを丁寧に掘り下げることで、独自の発展を遂げてきた。
『いつか、無重力の宙で』の飛鳥の描写は、日本のテレビドラマの良さを引き継いだうえで、今の30歳の女性が抱える不安を丁寧に描き出していると感じた。 そんな飛鳥の生々しい現実に対し、幻想的に描かれるのが高校時代の思い出だ。

2009年2月。新聞に掲載された日本人宇宙飛行士候補者2名が選定されたという記事を見たひかり(上坂樹里)は次の機会に必ず挑戦すると言う。
そんなひかりの姿を見て飛鳥(田牧そら)は感動し、そこから天文部の4人が宇宙服を着てロケットで宇宙に向かうイメージ映像が流れるのだが、30歳の飛鳥が職場で働くリアルなシーンとのコントラストがとても際立っている。
第2話でも学生時代の回想は展開されたが、そこだけ切り取っても、天文部の女子4人の青春ドラマとして見応えがあるため、2作のドラマを同時に観ているような面白さがある。

柄本佑のナレーションが生み出す客観性とユーモア

また、面白い効果を与えているのが天の声(柄本佑)による語り(ナレーション)だ。
物語の中心人物は女性4人だが、彼女たちの置かれた状況や内面を、男性の落ち着いた声で語らせることによって、作品に少し引いた目線を与えている。
その結果、物語に客観性が生まれており、その視点自体がユーモアとなっている。

本作の脚本を担当する武田雄樹は2024年にNHKで放送された特集ドラマ『高速を降りたら』で注目され、今回が初めての連続ドラマとなっている。

『高速を降りたら』が“男らしさ”から降りられない3人の男性の物語だったのに対して、今回は女性4人の物語となるため、前作の良さが活かせないのではないか心配だった。

だが、天の声の落ち着いた語りが醸し出す、ほのかな“男らしさ”は『高速を降りたら』のテイストを思わせるものがある。
『高速を降りたら』では3人の男たちが思い悩む姿が延々と描かれた後、病院にいる彼らの妻たちが男たちの抱える問題について語る姿が、ある種のツッコミとして機能していたが、飛鳥の振る舞いに被さる天の声の語りは、職場の状況に対して淡々とツッコミを入れているようにも聞こえる。
女性の物語を男性のナレーションで展開するという性別を逆転させた語りが、今後どのような効果を生み出すのか楽しみである。

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『いつか、無重力の宙で』第1週(C)NHK

第1話では「大人になるにつれ、この世界の重力は少しずつ大きくなっている……気がする」という語りが登場し、飛鳥の生きづらさが“重力”にたとえられていた。
おそらく『いつか、無重力の宙で』というタイトルは、重力が強くなっていく現実を抜け出したいという飛鳥たちの思いを体現したものなのだろう。

では、彼女たちが目指す「無重力の宙」(宇宙)は、何を象徴しているのだろうか?

彼女たちが宇宙に何を見出しているかについて考えながら、この大人の青春ドラマを最後まで堪能したい。


NHK 夜ドラ『いつか、無重力の宙で』毎週月曜~木曜よる10時45分放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。