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Netflixドラマの“必勝パターン”からズレながらも大ヒットした異例作 これまでのドラマでは味わえない『グラスハート』だけの魅力 

  • 2025.9.10
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『グラスハート』Netflixにて独占配信中

7月31日からNetflixで配信されている『グラスハート』は、4人組バンドの活躍を描いた音楽ドラマだが、これまで配信された国産のNetflixドラマと比べると、全く異なる世界を目指して作られているように感じる。

物語は音楽フェスの会場で、ドラマーの西条朱音(宮﨑優)がバンドメンバーからクビを宣告される場面から始まる。
ショックを受けた朱音は大雨が降る中、一人でドラムを叩いて演奏するのだが、その音をステージで聞いた天才ミュージシャンの藤谷直季(佐藤健)は、音に合わせてピアノを弾き始める。
その後、藤谷はバンドを結成するため、朱音をスカウトする。 藤谷がボーカルを担当し、ギタリストの高岡尚(町田啓太)とキーボーディストの坂本一至(志尊淳)が脇を固める『TENBLANK』で、藤谷が求める音を出そうと必死でがんばる朱音だったが、藤谷はOKを出さずダメ出しを続ける。
バンド内の空気は険悪になり、朱音は精神的に追い詰められていくのだが、やがて彼女は藤谷が求める音が「自分らしい音」だったことに気づき、ファーストライブで自分を開放して激しいドラムテクニックを披露する。

本作は音楽業界を舞台にしたサクセスストーリーで、バンド結成、ファーストライブ、曲づくり、テレビ出演といった新人バンドが経験するイベントが順番に展開され、ライバルのミュージシャンとの音楽対決が描かれる。 天才ミュージシャンの藤谷を中心としたバンド内の人間関係のゴタゴタや、朱音と藤谷と坂本の三角関係といった恋愛要素も本作の見どころで、終盤では藤谷の脳に腫瘍があることが判明し、彼がこれ以上音楽を続けると命に関わるという、難病モノの要素も組み込まれている。

つまり本作は、音楽ドラマの盛り上がる要素が「これでもか」と盛り込まれた濃厚な物語だと言える
『全裸監督』や『サンクチュアリ -聖域-』など、ヒットしたNetflixドラマには共通点がある。それは序盤で主人公がどん底に突き落とされ、その後、転落の一途をたどるが、最終話直前で状況が大逆転する物語だ。
一週間に一話ずつ放送される地上波の連続ドラマだと、辛い展開が続くと視聴者が負荷に耐えられなくなり離脱してしまう。だが、全話一挙配信のNetflixドラマだと“続き”が気になり視聴者が次の話を観てしまう。 そのため負荷の強い展開を積み上げていくのがNetflixドラマの必勝パターンとなっているのだが、『グラスハート』はその必勝パターンに寄せているようで少しズレた作劇展開となっており、そのズレによって本作にしかない独自の味わいが生まれている。

MVのような美麗な映像で撮られたライブシーン

それは、冒頭のシーンにすでに現れている。
朱音がバンドをクビになるシーンは、彼女が絶望のどん底に叩き落とされるため、Netflixドラマの必勝パターンをなぞっているように見える。 しかしその後、朱音は大雨の中でドラムを演奏し、その演奏をステージで聴いた藤谷がピアノの伴奏をあわせるという、遠距離でセッションをおこなうライブ映像が挟み込まれる。

上空から降ってくる雨粒を美しく捉えた映像の見せ方など、このライブシーンは豪華なMV(ミュージックビデオ)を観ているようで、作品世界に一気に引き込まれる。 このような過酷な物語からのMV的な音楽シーンという流れが『グラスハート』の基調となっているのだが、様々な曲が矢継ぎ早に流れる本作は、音楽フェスの手触りをドラマ化した作品だと言えるだろう。

しかし、そうでありながら出演者の多くがプロのミュージシャンではなく、俳優だということが、このドラマの面白いところだ。

主演を務める佐藤健は、共同エグゼクティブプロデューサーとして本作に関わっている。
俳優の彼がなぜ音楽ドラマを作ったのか当初はよくわからなかったが、映像を観ていると、この作品は役者の演技の魅力を極限まで引き出そうとしているドラマで、その舞台装置として華やかな音楽業界を作り上げたのだと、すぐに理解できる。
出演俳優もそのことをよく理解しており、佐藤健が用意した最高のステージで、自分の芝居を爆発させることに全身全霊を注いでいる。 中でも水を得た魚のように楽しそうに演じているのが、菅田将暉と髙石あかりだ。

役者の芝居を観せることに特化した演技フェスドラマ

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『グラスハート』Netflixにて独占配信中

菅田将暉は、藤谷をライバル視するミュージシャンの真崎桐哉を演じている。藤谷が率いるTENBLANKと真崎が率いるOVER CHROMEの対バンが描かれた5~6話の菅田将暉の存在感は圧巻で、そんな菅田の迫真の演技を佐藤健がライブシーンで真正面から向き合う芝居の応酬は、演技バトルとして見応えがある。
一方、髙石あかりは2025年度後期にNHKで放送される連続テレビ小説『ばけばけ』でヒロインを演じ、これから国民的女優となることが間違いない若手女優のホープだ。 髙石は、殺し屋の少女を演じたアクション映画『ベイビーわるきゅーれ』のぶっ飛んだ演技で注目されたが、『グラスハート』で演じた歌姫・櫻井ユキノも、何を考えているのかわからないぶっ飛んだキャラとなっており、凄まじい存在感を放っている。

当初は、藤谷と敵対するプロデューサーと組んでTENBLANKに勝負を挑むライバルの歌姫で、ヒロインの朱音にとっては藤谷を巡って戦う恋のライバルとなるだろうと思われた櫻井ユキノだが、表情がコロコロと代わり予測できない行動を取るぶっ飛んだ女性となっている。そんな彼女を髙石は実に楽しそうに演じている。

新人と言えるのはオーディションで選ばれた朱音役の宮﨑優だけで、佐藤健を筆頭にメインの役者は主演級のスターばかりだが、どの役者も本作でしか観ることができない面白い演技を披露している。
つまり本作は音楽フェスのように、役者の見事な芝居が次々と堪能できる演技フェスと言えるドラマなのだ。
物語を見せる既存のドラマと同じように観ていると戸惑う瞬間が多い本作だが、全ての要素が役者の演技を魅力的に見せるために作られているのだとわかると、どのシーンを観ても面白くなり、目が離せなくなる。

『グラスハート』は間違いなく、Netflixドラマの新境地と言える作品だろう。 本作の成功をきっかけに、音楽フェスを開くように、豪華俳優を集めた演技フェスとしてのドラマが、今後増えていくだろうという確かな手応えを感じた。


『グラスハート』Netflixにて独占配信中
[出演]佐藤健、宮﨑優、町田啓太、志尊淳、菅田将暉、唐田えりか、髙石あかり、竹原ピストル、YOU、藤木直人

ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。