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20年前、日本中の心を震わせた“派手じゃない透明ロック” ある天才の人生を支えた“至極の名曲”

  • 2025.9.13

「20年前、茜色に染まる空を見上げていた自分を思い出せる?」

2005年の秋。街のあちこちには新しい時代の匂いが漂い、放課後のカフェや通学路のイヤホンからはJ-POPのメロディがこぼれていた。CDショップには眩しいジャケットの新譜がずらりと並び、ランキング番組では週ごとに入れ替わるヒットソングが紹介される。

そんな華やかな音楽の波の中で、夕暮れの街を歩けば、空の色と同じくらい胸を締めつける切なさを湛えた音楽が、静かに寄り添っていた。

フジファブリック『茜色の夕日』(作詞・作曲:志村正彦)——2005年9月7日発売

フジファブリックが届けたこの一曲は、聴く人の心に深く沈み込み、記憶の奥底で長く響き続ける存在になった。

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※Google Geminiにて作成(イメージ)

志村正彦を支えた至極の名曲

『茜色の夕日』はフジファブリックにとって通算6枚目のシングル。しかし、この曲は決して新しく生まれたものではなく、バンド結成当初から存在し、アマチュア時代の彼らを支え続けた“根源的な歌”だった。

そして、この曲には忘れがたい逸話が残っている。音楽をあきらめ、地元に帰ろうかと悩んでいた頃、志村正彦はアルバイト先の先輩であった氣志團の綾小路翔に胸の内を打ち明けた。すると、綾小路は真剣な表情で「だったらこの曲をくれないか」と告げたという。

その言葉に心を揺さぶられた志村は、実家に帰ることを思いとどまり、音楽を続ける決意を固めた。もしあの瞬間に彼が帰郷していたら、後に日本の音楽シーンを彩る数々の名曲は存在しなかったかもしれない。『茜色の夕日』は、そうした岐路の上で志村を支えた、まさに運命の楽曲だったのだ。

黄昏に響く“切なさの余韻”

この曲の最大の魅力は、志村正彦の声が放つ余韻にある。伸びやかで透明感がありながらも、どこかかすれるような質感が、夕暮れの空に広がる淡い光と重なって聴こえてくる。メロディは派手な展開を避けていて、ただ静かに、しかし確実に胸に浸透していく。

“余白に漂う情感”こそが、この楽曲の真骨頂だ。バンドサウンドも装飾を削ぎ落とし、ギターの一音一音やベースの深い低音、ドラムの控えめなリズムが、黄昏のグラデーションのように重なり合う。

その音は、喧騒から距離を置いた瞬間にだけ訪れる、静かな孤独感と温もりの両方を抱きしめてくれる。聴き終わったあとには、言葉では説明できない感情が心に広がり、まるで夕日が沈んだ後も空に色が残るように、余韻が長く続くのだ。

多様な音楽が入り乱れた2000年代半ばのJ-POPシーンにおいて、フジファブリックは派手なトレンドに流されず、“日常に寄り添うロック”の可能性を示した。その中心に、この『茜色の夕日』があったのだ。

夕焼けとともに生き続ける旋律

この曲を耳にすると、20年前の空の色だけではなく、その頃の自分自身の不安や希望、そして誰かと過ごした時間までが鮮明によみがえる。

音楽はただの娯楽ではなく、“時間を運ぶ装置”でもある。

志村正彦が選んだ「音楽を続ける」という選択は、その後の日本のロックシーンに確かな影響を残した。そして『茜色の夕日』は、今もなお夕焼けに染まる空とともに、聴く人の心にそっと寄り添い続けている。黄昏時にこの曲を耳にすれば、あの日の決意と温もりが、静かに胸を満たしてくれるのだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。