1. トップ
  2. 40年前、日本中が胸を躍らせた“黄金タッグの青春ポップス” 紅白初出場を決めた“斬新バンドの伝説的名曲”

40年前、日本中が胸を躍らせた“黄金タッグの青春ポップス” 紅白初出場を決めた“斬新バンドの伝説的名曲”

  • 2025.9.17

「40年前の夏、街角から聴こえていた“軽快なビート”を覚えてる?」

1985年の真夏。レコード店の棚には色鮮やかなジャケットが並び、街角のラジカセからは最新のヒットソングが次々と流れていた。友人同士でカセットテープを交換し合い、放課後の教室や部室でお気に入りの曲を聴かせ合うのが当たり前の日常だった。

まだ街に新しい時代の匂いが漂い始めた頃、ポップで明るい空気をまとう一曲が人々の心をつかむ。

C-C-B『Lucky Chanceをもう一度』(作詞:松本隆・作曲:筒美京平)——1985年8月21日発売

松本隆と筒美京平の黄金タッグが描いた一曲

『Lucky Chanceをもう一度』は、C-C-Bにとって5枚目のシングル(C-C-Bになってからは3枚目)。

作詞を松本隆、作曲を筒美京平という、80年代を代表する黄金コンビが手がけている。松本の繊細で詩的な言葉選びは、青春の一瞬をきらめきとしてすくい取り、筒美のメロディはそれを誰もが口ずさめるポップスに昇華する。

この二人が生み出す楽曲は、単なるヒット曲にとどまらず、時代の空気そのものを切り取る力を持っていた。そしてC-C-Bという、カラフルで元気いっぱいのバンドがその曲を担ったことで、軽快さと遊び心が同居する独自の輝きを放つことになった。

紅白初出場を決めた象徴的な一曲

この楽曲は、C-C-Bにとって大きな節目となった。1985年の大晦日、『第36回NHK紅白歌合戦』に初出場を果たし、彼らはこの『Lucky Chanceをもう一度』を披露する

派手なカラーのヘアスタイルや斬新なファッションは一見するとアイドル的に映ったが、テレビの前の視聴者を惹きつけたのは、その華やかさに加えて溢れる勢いだった。大舞台でのパフォーマンスは、日本中のお茶の間に「C-C-B」という名前を強烈に刻み込み、この年の象徴的な光景のひとつとなった。

魅力の源泉は“演奏力とポップセンス”

一方で、彼らが単なる一発の流行で終わらなかった理由は、やはり音楽的な実力にあった。ベースの渡辺英樹、ギターの関口誠人と米川英之、キーボードの田口智治、そしてドラムを叩きながら歌う笠浩二と、それぞれが確かな技術を持ち寄っていた。

そこに筒美京平のキャッチーで緻密なメロディが合わさることで、親しみやすさと都会的な洗練を兼ね備えた独自のサウンドが生まれた。

ポップさと実力の両立——それこそがC-C-Bを特別な存在にしていたのだ。

undefined
2008年、再結成会見を行ったC-C-B。左から渡辺英樹、笠浩二、関口誠人 (C)SANKEI

40年を経ても残る、あのカラフルな余韻

あれから40年。今『Lucky Chanceをもう一度』を耳にすると、色鮮やかな80年代の情景が瞬時に蘇る。原色のファッションが街を彩り、ネオンの光が夜の渋谷を照らし、放課後の教室では友人と夢を語り合ったあの日々。

C-C-Bの楽曲は、単なる一過性のポップスではなく、青春そのものを封じ込めたタイムカプセルのような存在だ。

世代を超えて受け継がれる理由は、彼らの音楽が時代の空気と個々人の記憶を鮮やかに結びつけているからだろう。だからこそ今もなお、多くの人がふと口ずさみ、あの頃の自分を思い出すのだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。