1. トップ
  2. 「森に入るのが悪い」被害者にも落ち度があったと考えてしまう人の“ワケ”とは…?「公正世界仮説」の謎を心理のプロが解説

「森に入るのが悪い」被害者にも落ち度があったと考えてしまう人の“ワケ”とは…?「公正世界仮説」の謎を心理のプロが解説

  • 2025.8.27
undefined
出典:Photo AC ※画像はイメージです

悲惨な事件や事故が起きた時、SNSでしばしば「被害者にも何か問題があったのでは」といった投稿を見かけた経験はありませんか。実は、このような反応の背景には、人間の心理に深く根ざしたメカニズムが働いているのです。

8月14日、北海道の羅臼岳で、東京都から来た会社員の男性が遺体で発見され、現場付近にいた親子のクマ3頭がハンターによって駆除されました。こちらの件を受けて、SNS上では「山に行ったのが悪い」などと被害者に落ち度があるとの投稿をする人も。

それに対し、「このような悲惨な事件で被害者を責めるのは『公正世界仮説』という心理バイアスが働いているため」と指摘するコメントがありました。

「公正世界仮説」とはどういったものなのでしょうか?気になる疑問について、公認心理師さんに詳しくお話を伺いました。

理不尽な事件で「被害者を責める心理」の正体とは?公認心理師が解説

今回は、公認心理師の米澤 駿さんに詳しくお話を伺いました。

「公正世界仮説」って何?

---「公正世界仮説」とはいったいどのようなものなのでしょうか?

「公正世界仮説」とは、「世の中は公正にできている」という無意識の思い込みです。つまり、「良いことをすれば良い報いがあり、悪いことをすれば罰を受ける」という“因果応報”の世界観を前提とした考え方です。

この考えが強く働くと、理不尽な不幸や事件が起こったときに、何とか説明をつけて自分の心を納得させようとするため、「被害者にも何か落ち度があったのでは」「その人が注意不足だったのでは」と考えやすくなります。

---「罰を受けた」のは悪いことをしたからだ、と思い込んでしまうのですね。

今回のヒグマの件でいえば、本来、山に入っただけで命を落とすのはとても理不尽なことであり、誰がいつどこで被害者になるか分かりません。

それにもかかわらず、「そもそも山に行った人が悪い」「クマよけを持っていなかったのでは」といった考えが生まれるのは、「不幸な事件が起こったのは、被害者にも落ち度があったからだろう」という公正世界仮説(“因果応報”の考え方)が影響しているからです。

また、このような「公正世界仮説」の背景には、理不尽な不幸や事件に理由付けをすることで不安や恐怖を遠ざけ、「自分は同じ目に遭わない」「自分は十分注意しているから大丈夫」と安心感を得ようとする防衛本能が働いているともいわれています。

---自分を安心させるために被害者の落ち度を探そうとしてしまう場合があるのですね。

他によく見られる例としては、以下のようなケースが挙げられます。

  • 性犯罪被害者に対して「夜遅く一人で歩いていたから」「服装に問題があったのでは」と指摘する
  • 交通事故の被害者に「スマホを見ながら歩いていたのでは」と非を探す
  • 病気になった人に「生活習慣が悪かったのだろう」と原因を見いだそうとする

---自分がそのような発言をしていないか、改めて見直してみると良さそうですね。

公正世界仮説のバイアスがかかりやすい人とは?

---どのような人が公正世界仮説のバイアスがかかりやすいのでしょうか?

「公正世界仮説」は、多くの人に少なからず備わっていますが、特にバイアスにかかりやすい人物として以下のような特徴が挙げられます。

・安全への不安が強い人
自分の身の安全に不安を抱えている人ほど、不幸や理不尽な出来事に対して「自分の身の安全も脅かされるのではないか」と影響を受けやすく、「被害を受けたのはきっと何か原因があるはず」と理由付けすることで、「自分は十分注意しているから安全だ」と思い込む傾向が強くなります。

・自己責任論を強く信じている人
「努力は必ず報われる」といった考えを持ち、成功も失敗も個人の行動や選択の結果だと信じる人は、不幸な出来事も本人の責任と捉える傾向があります。

・統制感への強い欲求がある人
自分の人生や周囲の出来事をコントロールしたいという欲求が強い人は、予測できない事故や事件を受け入れにくく、「何らかの因果関係があったはず」と考えやすくなります。

「公正世界仮説」をコントロールすることはできる?

---「被害者にも落ち度があった」と思ってしまわないようにするにはどうしたら良いのでしょうか?

まず大前提として、「公正世界仮説」という心の働き自体は誰にでもあり、完全になくすことは難しいものです。しかし、それに気づき、意識的にコントロールすることは可能です。

一番大事なのは、「自分もこのバイアスの影響を受けているかもしれない」と自覚し、そのバイアスを手放すことです。

もし「被害者にも落ち度があったのでは」と思ったときに、自分のバイアスを自覚し、手放しやすくなる方法として、次のような3ステップが有効です。

1. 一呼吸おいて、自分の思考を紙に書き出す
まずはすぐに口に出したり投稿したりせず、自分の考えや感じたことを紙に書き出してみましょう。頭の中で考えていたことを紙に書き出すだけでも思考がスッキリし、クールダウンするはずです。

さらに、「なぜ自分はそう思ったのか」ということも可視化され、自分のバイアスが自覚しやすくなります。

2. 書き出した思考を客観視してみる
書き出した自分の考えを、自分自身で見直してみてください。その中で、「自分だって被害者になる可能性はある」「この人は理不尽な被害者かもしれない」と視点を変えて考えてみることも、自分のバイアスを手放すことに役立ちます。

さらに、「もし自分が同じ立場だったら、責められることでどう感じるだろう」と相手の立場に立って考えることも有効です。

3. 誰も傷つかない形で発信する
どうしてもSNSなどで発信したい気持ちが収まらない場合は、メモ帳アプリや日記、非公開のブログなど、他人の目に触れない場所に自分の思いを書き出すのも有効な手段です。

こうすることで自分の感情が整理され、他人を傷つけずに気持ちを吐き出すことができます。

---「被害者にも落ち度があったのでは」と考えてしまったら、自分に心理バイアスがかかっている状態だと自覚するのが大切ですね。

 

undefined
出典:Photo AC ※画像はイメージです

SNSに投稿する前に一呼吸

---被害者を責めるような投稿を防ぐためにはどうしたら良いでしょう?

投稿前に以下のような方法をとりながら、感情的な発信をしないよう気をつけてみましょう。

・投稿は最低でも2時間空ける
投稿内容を一旦下書き保存して、「〇時間は待ってから投稿する」といった自分ルールを設けてみましょう。特に、疲れている時、お酒を飲んだ後、強いストレスを感じている時などは判断力が低下し、感情的な発言をしやすくなりますので、そういった時間帯の投稿は避けましょう。

投稿内容を、一度声に出して読んでみる
自分の投稿文を実際に声に出して読んでみると、冷静な立場で客観視でき、不適切な表現やトゲのある言葉に気づきやすくなります。

・投稿前に、冷静な判断ができる友人や家族に内容を見てもらう
「これは適切か」「誰かを傷つけないか」といった視点で意見をもらいましょう。自分一人で結論を出さず、さまざまな視点に触れることで、無意識のバイアスを和らげることができます。

「自分の気持ちを表現したい」と思うことは人間にとって誰にでもある欲求なので、それを押し殺す必要はありません。しかし、その表現によって誰かを傷つけてしまわないよう、慎重な姿勢を心がけることが重要です。

心理バイアスを自覚することが第一歩

今回のヒグマ被害事件で見られたような「被害者にも落ち度があった」という反応は、「公正世界仮説」という人間の心理バイアスによって引き起こされるものだということが分かりました。

この心理は誰にでも備わっているものであり、完全になくすのは難しいものです。しかし、自分がこのバイアスの影響を受けていることを自覚し、一呼吸置いて客観視することで、被害者を理不尽に責めるような発言を避けることは可能です。

自分の心の安寧を守るのは、とても大切なこと。ですが、それをSNSなど外部に発信することが他者を傷つける行為になる可能性があります。

理不尽な事件や事故は、誰にでも起こりうることです。自分の心の中に「でも被害者にもこういう落ち度があるのでは?」という感情が芽生えたら、心理バイアスが働いている状態なのだなと自覚することから始めてみると良いかもしれませんね。

undefined