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30年前、日本中が心を奪われた“社会現象級のロックバラード” 60万枚超を売り上げた“TKプロデュースのアンサーソング”

  • 2025.9.12

「30年前の冬、どんな歌が街に流れていたか覚えてる?」

1995年の初め。渋谷のセンター街では厚底ブーツにミニスカートを合わせた女子高生が行き交い、原宿のショップには最新のCDやファッションアイテムを求める若者たちが集まっていた。

深夜のカラオケボックスでは、仲間と肩を並べてマイクを握り、ヒット曲を次々と歌い合う声が響き、街の灯りと混じり合って夜を彩っていた。そんな日常の風景の中で、ラジオやテレビから流れてきたのが、ひときわ耳に残るあの旋律だった。

篠原涼子 with t.komuro『もっと もっと…』(作詞・作曲:小室哲哉)——1995年2月8日発売

大ブレイクの先に見えた“新しい扉”

前年の『恋しさと せつなさと 心強さと』で社会現象とも言える大ブレイクを果たした篠原涼子。ドラマやバラエティでも存在感を発揮していた彼女は、東京パフォーマンスドールを卒業し、シンガーとして本格的な一歩を踏み出すことになる。

そんな節目にあたるタイミングでリリースされたのが『もっと もっと…』だった。

小室哲哉とのタッグは、前作で圧倒的な結果を残したからこそなおさら注目され、彼女が“歌手・篠原涼子”としてどこまで羽ばたけるのか、その答えを示す作品となった。

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第32回ゴールデンアロー賞 新人賞受賞時の篠原涼子-1995年撮影 (C)SANKEI

ロックの風を感じる“柔らかな力強さ”

『もっと もっと…』はアメリカンロックの香りを漂わせたミディアムバラード。ギターとリズム隊がしっかりと主張し、バンド的な厚みを持つアレンジが施されている。

その上で篠原のボーカルは決して力強く押し切るのではなく、柔らかな透明感を持って旋律に寄り添っていく。切なさと力強さ、柔らかさと芯の強さが同居する独特の響きが、この楽曲の最大の魅力となっている。

CMが映した“ロングヘアーの輝き”

『もっと もっと…』は、篠原自身が出演したマンダム「トリーティア ハーブ in ウォーター」のCMソングにもなった。彼女はその中で「ウルオッタさん」として登場し、風に揺れる美しいロングヘアーを印象的に映し出した。

透明感のある映像と楽曲が放つ清涼感が重なり合い、商品イメージだけでなく篠原自身の魅力を強く印象づけた。

小室哲哉と久保こーじが描いた“音の景色”

作詞・作曲を担った小室哲哉に加え、編曲には久保こーじが参加。彼は小室ファミリーを支える重要な存在であり、細やかなサウンドメイクによって旋律を際立たせる手腕に定評があった。

小室のメロディが持つスケール感を、久保が繊細に補強することで、より立体的で深みのあるサウンドが完成した。『恋しさと〜』で見せたダンスナンバー路線とは異なり、ここではバラードの中に余裕と透明感が鮮やかに刻まれている。

セールスが物語る“確かな存在感”

シングルは60万枚を超えるセールスを記録。当時のランキング上位に並ぶ作品群の中でもしっかりと存在感を示し、前作の爆発的ヒットに比べれば落ち着いた数字であっても、バラードとしては十分すぎる成功を収めた。

むしろこの楽曲は、「一発の勢い」ではなく「確かな余韻」を残した曲として、多くの人の胸に残り続けたのだ。

今も漂う“あの頃の余韻”

30年を経た今、改めて『もっと もっと…』を聴くと、1995年の冬の空気が鮮やかに蘇る。社会現象級の大ヒットの次に選んだのは、派手さではなく内に向かうバラード。その選択こそが、篠原涼子と小室哲哉が音楽シーンに残した確かな足跡を物語っている。

冬の街にそっと流れたその響きは、今もなお聴く人の心に柔らかな光を投げかけ続けている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。