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朝ドラでどんどん強くなる“不穏な空気”… タイトルからも目が離せない『あんぱん』第7週

  • 2025.5.16
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『あんぱん』第7週(C)NHK

朝ドラ『あんぱん』第7週のタイトルは「海と涙と私と」。この言葉が象徴するように、嵩(北村匠海)やのぶ(今田美桜)ら若者たちのささやかな日常に、戦争の影がじわじわと忍び寄っている。描かれるのは大きな戦闘シーンでも、血なまぐさい戦地のリアルでもない。だがその分、何げない日々のすき間から、確実に戦争が若者たちの「選択肢」や「言葉」を奪っていく様子が、ひりひりと伝わってくる週であった。すれ違い、届かない想い、贈られなかったプレゼント。不器用にぶつかる心と心が、時代の空気とともに胸に迫る。

嵩とのぶのすれ違いに宿る“戦争の影”

原豪(細田佳央太)に届いた一通の赤紙。それは朝田家にとっても、嵩にとっても、戦争が「他人事」ではないことを突きつける出来事だった。

東京の大学で絵の腕を磨く日々を送る嵩は、絵筆を手にしながらも心ここにあらずといった面持ちで、戦争によって若者の未来が次々と奪われていく現実に戸惑いを隠せない。一方ののぶは、女子師範学校で“愛国心”をたたきこまれる毎日を過ごしていた。

嵩が電話口で楽しそうに語る銀座での出来事に対し、のぶは憤慨して声を荒げる。それは教育を受けた影響であり、育った環境の違いでもあるだろう。しかしその根底には「戦争という不確かな未来のなかで、嵩は何をどう考えているのか」「遊んでいる場合ではないのでは?」という、強い愛情ゆえの叱責がにじむ

SNS上でも「みんな切ない」「切ないというかつらい……」など、共感と切なさの入り混じった声が多く寄せられていた。

贈られなかった“赤いハンドバッグ”が意味するもの

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『あんぱん』第7週(C)NHK

嵩がのぶに贈ろうとした赤いハンドバッグは、彼なりの“愛”の表現であった。銀座で目にしたその美しいバッグに、のぶの笑顔を重ね合わせ、思わず手に取った嵩。戦争の不穏さのなかでも「誰かのことを思いながら何かを選ぶ」――そんな時間がまだ許されていたことの証でもある。

しかし、のぶはそれを受け取らなかった。「こんな贅沢なもん、欲しがったらいかん」。戦時下において「贅沢は敵だ」というスローガンが浸透していた時代。のぶの一言には、時代の空気、家庭の事情、そして自分を律する強さがすべて凝縮されていたように思う。喧嘩別れになったふたりは、のぶが嵩を追って駅へ向かうも、嵩は予定より早く電車に乗って帰ってしまっていた。

会いたいのに、会えない。謝りたいのに、謝れない。スマホもメールもない時代、不器用なまま置き去りにされてしまう思いが、より一層胸に迫る。

そして気になるのは、嵩が贈れなかったその赤いハンドバッグの行方である。のぶにハンドバッグを受け取ってもらえなかった嵩は、弟の千尋にそれを渡した。「好きな子ができたらプレゼントしろ」と嵩は言うが、それはお互いの好きな相手が重なっている事実を知らないからこそ言えること。このハンドバッグをのぶに贈るのは、嵩か、それとも千尋か。

メイコの恋と、“届かない想い”の切なさ

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『あんぱん』第7週(C)NHK

一方、朝田家で共に暮らすメイコ(原菜乃華)にも、青春のほろ苦さが押し寄せていた。彼女が思いを寄せるのは、何かと明るくて、しかし鈍感な健太郎(高橋文哉)。メイコが真剣な眼差しで彼を見つめても、返ってくるのは「のらくろに似てる!」というズレたひと言である。どこまでも空回りしながら、それでも嫌いになれない、好きが止められない。そんなメイコの健気さに、多くの視聴者が心を打たれたのではないだろうか。

メイコの片想いは、恋の切なさそのものだ。そしてその“想いが届かない”という描写は、嵩とのぶ、のぶと千尋の関係性とも呼応している。

第7週は、すべての登場人物が「誰かを思う」という行為に傷つき「会いたい」と願う気持ちに翻弄されていた。だが、その思いはことごとく届かない。あるいは、少しだけすれ違って、ほんのわずかな誤差が大きな隔たりになってしまう。

戦争という大きな力が個人の感情や関係性を飲み込んでいくさまを、決して大げさな演出ではなく、静かに、丁寧に描いている『あんぱん』。嵩とのぶ、千尋、メイコ、それぞれが想いを抱きながらも、自分の立場や時代の空気に引きずられ、まっすぐにその思いを届けられない。そのもどかしさが、どの場面にも滲み出ていた。

「海と涙と私と」という第7週のタイトルは、まさにそうした“個人の感情のうねり”を海にたとえたものだろう。穏やかな日常にさざ波のように広がる戦争の影。そのなかで、ささやかな恋や葛藤、すれ違いがいっそう尊く、切なく感じられる。

女子師範学校を卒業し、御免与町の小学校に教師として赴任することになったのぶ。初めての縁談が持ち上がるなど、ますます嵩との心の距離は開いてしまいそうだが、次週以降、嵩とのぶの関係性がどう変化するのか。赤いハンドバッグの行方は? そして、届かない想いに折り合いをつけられる日が来るのか。

戦争の足音が強くなるなかで、若者たちのささやかな希望の火がどう描かれていくのか、引き続き見守っていきたい。


NHK 連続テレビ小説『あんぱん』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_