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“夢と現実をつなぐ鳥”が意味するものとは?クライマックスに相次ぐ“祈る声”【木曜ドラマ】 

  • 2025.5.15
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(C)AbemaTV,Inc.

「私たち以外、時間が止まっているみたい」……7話の旅先でのシーンで、澪(瀧本美織)がふと口にしたこの一言は、耳に残るほどに美しく、そして不穏だった。まるで世界にふたりきり。優しく穏やかに見えた時間のなかで、夫・神城真人(成宮寛貴)が問いかけたのは「俺が一緒に死のうって言ったら、一緒に死んでくれる?」という、甘く、そして致命的な“愛の選別”だった。物語はいよいよ佳境へ。木曜ドラマ『死ぬほど愛して』第7話は、これまで蓄積されてきた“異常な愛”の静かな爆発と、それを彩る巧みな演出によって、視聴者に強烈な余韻を残した回だった。

現実逃避としての演出の妙

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(C)AbemaTV,Inc.

澪のセリフは一見ロマンチックに聞こえるが、実際には“現実を見たくない”という澪の本音がにじみ出た一言だ。澪は7話の時点で、真人の愛がどこか常軌を逸していることに気づき始めている。だが、家族からも恋人からも「愛される」という感覚に飢えてきた彼女にとって、その執着めいた愛情は、どこか甘く心地よくすらある。

そんな彼女の“止まった時間”への願望は、いわば「これ以上怖い現実が動き出さないように」という祈りにも近い。ふたりだけの、他者も社会も存在しない密室。その幻想のなかに澪は安らぎを見出してしまっている。

ドラマでは、このシーンの演出も徹底して“異世界”のようだった。背景の雑音がすっと引き、人物以外の動きが止まって見える。色彩はやや淡く、光のコントラストも柔らかい。その静寂は、まさに「ふたりしか存在していない空間」であり、言い換えれば“日常にはもう戻れない”ふたりを象徴している。

真人の問いかけは、愛の確認などではない。これは「一緒に死ねるか?」ではなく「俺が死のうと言ったら、お前も従うか?」という、極限まで濃縮された所有の表明だ。

これまで、真人は澪に“絶対的な愛”を与えることで、彼女を救ってきたように見えた。しかしその実、彼にとっての“愛”とは、他人が自分の支配下にあることの確認にほかならない。そしてその究極が「ふたりで死ぬ」という提案だった。

「死ぬほど愛して」というタイトルは、もはや比喩ではない。真人は文字通り「死によってしか完成しない愛」を体現してしまっている。自分のなかで澪との関係性が“最上”に達したとき、彼のなかでは“終わらせる”ことが愛の美学になってしまう。まさに破滅的なナルシシズムだ。

鳥が象徴する“自由”と“死”の対比

この回でもうひとつ印象的だったのは、澪が見た「鳥籠の夢」と、それをなぞるようにして真人が鳥を逃がす現実の描写だ。

夢のなかで、結婚式を挙げるふたりを祝福するように、鳥籠の扉が開き、一羽の鳥が飛び立っていく。これは“束縛からの自由”を象徴する、美しく静かなメタファーだった。しかし目覚めた澪は、まさに真人の手によって死の直前にいた。そう、あの鳥は、愛の象徴などではなく、“死”という名の解放だったのだ。

そのあと、現実でも真人が籠から逃げ出した鳥を見つけるシーンが描かれる。「自由に生きろ」という真人の言葉は、鳥に向けたものだったが、同時に、真人自身が誰かに言ってほしかった切実な呼びかけでもあったように思える。過去に囚われ続けている彼の深層心理が、ふと口をついたような言葉。だが結局、真人自身は自由になれない。だからこそ“他者を縛ることでしか自分の形を保てない”のだ。

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(C)AbemaTV,Inc.

ついに真人は、澪を“自殺に見せかけて”殺そうとする。「この一年、楽しかったろう?」「じゃあ、もういいね?」この言葉が持つ怖さは、相手の生を自分の納得だけで終了させようとしているところにある。

殺人に“慣れた”者の語り口。それは過去の犯行をほのめかすと同時に「自分の理屈では正当だ」と心から信じている危うさがあった。視聴者にとっては、ここがまさにクライマックス。SNSでは「お願い、石黒さん助けて」「石黒さん幸せになって」と、澪を救いに来た記者・石黒(細田善彦)に対して、祈るようなコメントが相次いだ。

終わらない愛ではなく、“終わらせる愛”を選んだ男

初期の犯行動機は、妹・茜を弄んだ男たちへの復讐だった。しかしそれ以降、真人は一貫して「女性だけ」を殺している。

これは“支配できる対象”として、女性を選んでいることの表れではないだろうか。相手の恋愛感情を利用し、全幅の信頼を引き出してから、裏切りによって落とす。その過程にこそ、“真人の快感”がある。彼にとっての愛は、尊重ではなく吸収。相手の命までも吸い尽くしてしまう倒錯が、そこにはある。

『死ぬほど愛して』第7話は、「愛するからこそ、手放さない」の危険性をこれでもかと突きつけてきた。愛されることに飢えた澪と、愛することでしか生を実感できない真人。ふたりの物語は、もはやロマンスでもスリラーでもなく、“愛という名の共依存”の記録だ。

「愛しているからこそ殺す」という歪んだ信念を、映像美と夢の演出で一層際立たせたこの回。この物語が向かう終着点は、“愛し合った者同士が互いを解放できるのか”。その問いを、いまはただ黙って見届けるしかない。



ABEMA『死ぬほど愛して』
[放送日時]3月27日(木)夜11時より ABEMAで配信開始
[出演者]成宮寛貴、瀧本美織ほか
[番組トップページ]https://abema.tv/video/title/90-2024

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_