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放送から25年以上… 当時の若者が夢中になった“毒親ドラマ”の先駆作とは?

  • 2025.5.29
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(C)SANKEI

1996年に放送された『イグアナの娘』は菅野美穂の出世作となった母娘の葛藤を描いたファンタジーテイストの青春ドラマだ。
高校生の青島リカ(菅野美穂)は真面目で成績優秀だったが、自己肯定感が低く他人と関わることが苦手で友達がいなかった。
彼女がそんな性格になってしまったのは、母親のゆりこ(川島なお美)から、お前は何をやってもダメだと存在を否定されて育ってきたからだった。ゆりこは妹のマミ(榎本加奈子)を甘やかす一方で、姉のリカには冷たく厳しかったが、実はゆりこにはリカの姿がイグアナに見えており、その生理的嫌悪感ゆえに彼女を愛せずにいることに、ゆりこ自身も苦しんでいた。
そしてリカも鏡に映る自分の顔がイグアナに見えており、そのことが原因で自分に自信を持てずにいた。

原作は萩尾望都の短編漫画。『ポーの一族』や『トーマの心臓』といった傑作漫画を手掛けた萩尾は少女漫画界に革命をもたらしたレジェンド漫画家で、作品の持つ深い文学性と先鋭的なテーマが高く評価されていた。
この『イグアナの娘』も、母親のせいで自分の顔がイグアナに見えるという醜形恐怖症になってしまった娘の苦しみが描かれており、近年話題になっている毒親問題を描いた先駆的な作品だ。

その意味で短編漫画としての『イグアナの娘』は傑作だったが、完成度が高いが故にドラマ化するのは大変だったのではないかと思う。 しかし、ドラマ版『イグアナの娘』は原作とは異なるアプローチで母娘の問題に切り込んでおり、素晴らしい作品に仕上がっていた。

女性アイドルや新人女優の登竜門となった月曜ドラマ・イン

『イグアナの娘』はテレビ朝日の月曜ドラマ・イン(月曜夜8時放送)というドラマ枠で放送された。月曜ドラマ・インは1991年から2000年にかけて存在したドラマ枠で、若者向けの青春ドラマを多数放送していた。

同時期に放送されていた日本テレビの土ドラ枠(土曜夜9時枠)が、ジャニーズ事務所(現・STARTO ENTERTAINMENT)出身の男性アイドルが主演を務めることが多かったのに対し、月曜ドラマ・インは10代の女性アイドルや新人女優が主演を務めることが多く、内容も少女漫画的な青春ドラマが多かったのだが、当時は漫画原作のドラマの地位も今より低かったこともあり、大人向けのドラマ枠と比べると一段低く見られていた。

演出もハイテンションで大袈裟な月曜ドラマ・インは、学芸会的なB級ドラマ枠だと思われていた。だが、そんなB級感を逆手にとり、女性アイドルを魅力的に撮るファンタジックな青春ドラマを制作し、10~20代の若者層から高い支持を獲得した。

そんな月曜ドラマ・インの一つの達成が『イグアナの娘』である。 脚本は岡田惠和が担当。岡田は、朝ドラの『ちゅらさん』や現在放送中の『続・続・最後から二番目の恋』といった名作ドラマを多数手掛けるレジェンド脚本家だが『イグアナの娘』は彼の脚本家としての力量を世間に広く知らしめた出世作だった。

短編漫画だった原作を11話の連続ドラマにふくらませる際に岡田は、原作のエッセンスを踏まえた上で、ドラマならではの要素を多数加えることで物語を膨らませていったのだが、その結果、原作漫画とは異なる出口を主人公のリカに与える物語を描くことに成功した。

ドラマでは、母親との関係と同じ比重でリカの高校生活を描いており、リカの友達となる転校生の三上伸子(佐藤仁美)や恋心を抱いている岡崎昇(岡田義徳)、昇に恋心を抱くあまりリカに嫉妬して嫌がらせをする橋本かをり(小嶺麗奈)、そしてリカの妹のマミとの人間関係が丁寧に描写されていた。 序盤はかをりの嫌がらせにリカが抵抗せずにひたすら耐えている場面が多く、観ていて辛くなる。 現代的な萩尾望都の原作漫画と比べ、ドラマ版『イグアナの娘』は萩尾以前の昔の少女漫画のような古典的なキャラクターによる物語をあえて展開している。

リカの苦しさを見事に表現した菅野美穂の生々しい演技

意地悪な母親、嫉妬していじめる同級生。根暗な姉のことを理解できずに冷たい対応をする外見は可愛いがあまり頭が良くない妹。そして、いつも「どうせ、私なんか」と、ウジウジしているリカ。 特殊造形で作られたイグアナの表情は不気味だが物悲しく、繰り返し流れるエルトン・ジョンによる主題歌「Your Song」の切ないメロディも相まって、誰とも共有できない苦しみを抱えたリカの孤独が伝わってくる。

リカを演じる菅野美穂は、当時の若手女優では独特の存在感の持ち主で、沈んだ表情やか細い声で、精神的に追い詰められているリカの切羽詰まった様子を生々しい芝居を見せていた。

菅野の演技が真に迫っているため、出口の見えない息苦しさが序盤は特に濃厚で息苦しいのだが、その息苦しさから脱出するヒントを本作は丁寧に見せていく。

その一つが、三上伸子という親友の存在だ。

第2話で伸子はリカに「友達になろう」「友達がいれば、乗り越えられる。大抵のことは」と言って仲良くなるのだが、ドラマ全体を通して一番印象に残ったのは二人の友情の描き方だった。 伸子との友情を通してリカの心は少しずつだが、明るくなっていき、彼女の変化をきっかけに周囲の人々の反応も変わっていく。

一方、ドラマとして面白かったのは、4話から妹のマミの描写が増えてどんどん魅力的になっていくこと。マミを演じる榎本加奈子の評判が良かったためシーンが増えたのではないかと思うが、姉と対立するバカで意地悪な妹と思われたマミが、姉をいじめる母親の態度をおかしいと感じるようになり、やがて姉の味方になっていくという展開は予想外だった。

そして、かをりにもリカにキツく当たってしまう深い事情があることが次第に分かっていく。

つまり後半になるほど、脇役の背景がわかってきて人間ドラマとしての厚みを増していくのだが、そんな同級生の彼女たちと触れ合うことで、リカ自身の心が少しずつ変化して成長していく様子を本作は丁寧に描いていく。

自分の姿がイグアナに見える悩みを抱えているという導入部こそトリッキーに見えるが、ドラマとしては正攻法の作りで、母娘、姉妹、友人、恋人といった人間関係を真正面から描いていたことこそが、本作最大の魅力だ。

切れ味の鋭い原作漫画と比べると泥臭く不器用な物語だったが、だからこそ胸に響く切実な青春ドラマだった。


ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。