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「今期のなかで一番好き」原作との“違い”も“魅力”へ変化…視聴者の記憶に残るNHK夜ドラ『バニラな毎日』

  • 2025.2.21

夜ドラ『バニラな毎日』の第5週、ついに主人公・白井(蓮佛美沙子)の店を居抜きで借りる先が見つかってしまった。風変わりな料理研究家・佐渡谷(永作博美)との不思議なお菓子教室も終了。最後の生徒・三沢(大八木凱斗)とのミルクレープ作りが終わったと思いきや、佐渡谷には別の思惑があり……。浮き出てきたのは、白井による自身の母への“罪悪感”だった。

最後の生徒、1話のみの登場にも関わらず……

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『バニラな毎日』第5週(C)NHK

白井と佐渡谷の、最後のお菓子教室が始まる。訪れた生徒は、少し落ち着きのない青年・三沢だ。1話のみの登場にも関わらず、彼がどんなことに悩み、お菓子教室にやってきたのかわかる構成になっている。

おそらく三沢は、自分の興味の対象が次々と移り変わるタイプだ。一度集中すれば追随を許さない持続性を発揮させるが、その頻度も持続時間も安定しないのかもしれない。完璧主義な面もあれば、誰もが上手くできる(と自身が思い込んでいる)作業に対して苦手意識を持ってしまうと、途端に投げ出したくなる面もある。

落ち着きのない三沢の言動に、最初こそ白井や佐渡谷も慎重に接している。しかし、三沢の得意分野は「計算」だった。

ミルクレープをつくるにあたり、クレープとクリームを何枚も重ねて層を形成していくのが一般的だ。このとき白井は、三沢に対し「切ったときの断面を想像しながらクリームを重ねるといい」とアドバイスする。

最初は上手く飲み込めなかった三沢だが、ある可能性に思い至った瞬間に、爆発的な集中力を見せる。果たして仕上がったのは、綺麗なハート型が切断面に浮かび上がる、美しいミルクレープだった

三沢の落ち着きのない様子、興味の対象がコロコロと変わるときの言動や、集中力を発揮させた瞬間の視線の動きなど、細やかな所作で視聴者の心を掴んだのは俳優・大八木凱斗だ。子役から活動している彼は、NHK作品はもちろん、映画『武士の家計簿』(2010)などにも出演している。今作を機に、今後も多くの作品で姿を見ることになるかもしれない。

3人の登場人物に共通する“母への罪悪感”

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『バニラな毎日』第5週(C)NHK

三沢との料理教室が終わった直後、佐渡谷は白井に「パウンドケーキを作ります!」と宣言。佐渡谷にとって、この料理教室の最後の生徒は白井だった。

砂糖、バター、粉類、卵。材料のシンプルなパウンドケーキを焼きながら、白井が思い返していたのは、未だ彼女の心の奥に燻る母との思い出。どれだけ頼んでも平たいホットケーキしか焼いてくれない母に不満を募らせていた幼少期の白井は、たびたび発生する母の“家出”の隙を狙って、自分好みの分厚いホットケーキを作った。

タイミング悪く帰ってきた母は、白井の作ったホットケーキを見るや否や、褒めるでもなく「もうお母さんは要らないのかもね」と一言だけ残し、家の奥に引っ込んでしまう。そのときの白井には、母に対する申し訳ない思いと、満足のいくホットケーキを焼けたことの一抹の満足感があったことだろう。

振り返ってみれば、この『バニラな毎日』では母と娘の関係性が主題になることが多かった。白井、佐渡谷とともにチーズクリーム入りのモンブランを作った優美(伊藤修子)は、長らく自宅から出られずにいた自分が、友人と夜通しカラオケで遊んでいた日に母が亡くなってしまったことを、ずっと悔いていた。

この日、優美にはずっと母からの電話がかかってきていたが、彼女はそれに出られなかった。母にとっては、ただ娘を心配して連絡していただけのはずだが、時間が経過するたびに優美にとっては“母からの抗議”にしか思えなかったのだろう。

そのあとお菓子教室にやってきた結杏(和合由依)も、母との間にわだかまりを抱えていた。手足が不自由で車椅子生活をしている結杏を心配し、彼女の母はなんでも先回りしてやってあげようとしてしまう。自身に向けられる愛情と、それを煩わしく思う罪悪感とに挟まれ、結杏は苦しんでいた。

結杏のエピソードは、原作では順番が異なる。最初のお菓子教室の生徒・順子(土居志央梨)のすぐ直後に結杏のエピソードを配置していた原作とは違い、ドラマ版では、優美のあとに結杏のエピソードが続き、三沢を挟んで白井の過去を辿る構成になっている。

おそらく、母との関係性に思うところのある人物を立て続けに描くことで、より個々のエピソードを印象的に深める狙いがあったのではないだろうか。もし制作者側にそのような意図があったとしたら、それは成功していると言えるだろう。

SNS上でも「今期のなかで一番好き」と熱いファンがついている本作。原作との違いも魅力として昇華されている稀有な作品として、記憶に残るドラマになっている。

NHK 夜ドラ『バニラな毎日』毎週月曜~木曜よる10時45分放送
NHKプラスで見逃し配信中



ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_