1. トップ
  2. 朝ドラで“心が痛む描写”が続いた1週間「よかったね!と思いきや」「新たな嵐の予感」来週も心休まる日は“まだ遠い”か

朝ドラで“心が痛む描写”が続いた1週間「よかったね!と思いきや」「新たな嵐の予感」来週も心休まる日は“まだ遠い”か

  • 2026.2.6
undefined
『ばけばけ』第18週(C)NHK

祝福の音が一転して、不穏な沈黙に取って代わられる。朝ドラ『ばけばけ』第18週「マツエ、スバラシ。」では、借金完済という本来めでたい出来事が、新聞記事をきっかけに別の意味を与えられ、乱暴な物語へと書き換えられていく様が描かれた。集団心理の恐ろしさと、誰かの人生が“物語”として消費されていく、そんな残酷な仕組みに焦点が当たった週。トキ(髙石あかり)やヘブン(トミー・バストウ)、その家族が“語られる側”になってしまった様が、静かに、しかし確かな痛みをもって浮き彫りになる。

※以下本文には放送内容が含まれます。

おごれるものは、久しからず……

undefined
『ばけばけ』第18週(C)NHK

心の痛む描写が続いた18週。その核心は、石を投げられ額に怪我をするトキや、玄関先に投げ込まれるガラクタたちなどの描写はもちろん、それらの出来事が“どのように語られたか”にこそ宿っていると思える。

振り返れば物語の端緒は、タエ(北川景子)がトキに告げた穏やかな忠告だった。「おごれるものは久しからず」。この言葉は、トキやヘブンに向けられた戒めというよりも、彼らを取り巻く“周囲”に向けた警告のように響いて聞こえる。

タエは、新聞記事を通して他人の生活を追う側の視点を知っている人物だ。だからこそ、祝福が膨らみすぎた先にある危うさを、誰よりも早く感じ取っていたのかもしれない。

松野家の借金完済は、疑いようもなく祝福されるべき出来事だった。一生かかっても返せないと言われた借金を、ヘブンの力で返し終えたのだから。その事実自体は、何ひとつ間違っていない。問題は、それが『ヘブン先生日録』という“語られる形式”を得た瞬間に、意味を変えてしまったことにある。

“ヘブン先生日録”が起こした騒動

借金の大半を返したのがヘブンであることは事実で、記者の梶谷(岩崎う大)は嘘は書いていない。しかし、文脈を失ってしまえば、いとも簡単に別の物語へと変貌してしまうもの。“異人が金で日本人女性を買った”という、あまりにも単純で品のないストーリー。

人々は、事情を想像しない。想像するよりも早く、わかりやすい筋書きに飛びつく。そのほうが、理解した気になれるからだろう。

昨日まで笑顔で迎えていた人々が、同じ顔のまま、同じ町のまま、トキを「ラシャメン」と呼ぶ。そこに強烈な悪意があるわけではない。ただ、町がそういう空気だから同調していただけの人間もいるだろう。一人歩きした物語は、個人の良心を簡単にすり抜けていく。

トキが受けた暴力も、まさにその延長線上にあった。重要なのは、受けた被害や傷ついた心までもが“物語”に回収されてしまうこと。反論せず、弁明せず、ただ耐える彼女は、物語にとって都合のいい“役”を押し付けられてしまった。

トキが眠るまで寄り添い、司之介(岡部たかし)やフミ(池脇千鶴)と沈黙を共有するヘブン。このままではいけない、と分かっているだけの沈黙が、痛いほどリアルだった。ヘブンが寝たふりをしているトキに謝る場面は、物語の原因をすべて自分に引き取ろうとする姿に見えた。それに対し、声を出さず涙を受け止める髙石あかりの演技は、語られ尽くしたはずの絶賛を、なお更新してしまうほどの説得力を持っていた。

語られる側の沈黙と、回復のかたち

undefined
『ばけばけ』第18週(C)NHK

転機となるのは、サワ(円井わん)となみ(さとうほなみ)の来訪だ。彼女たちの来訪を受け、感情を表出させるトキ。ただ笑って泣く時間は、トキが“物語から降りる”瞬間でもあった。誰かに理解してもらう必要のない場所で、彼女はようやく呼吸を取り戻す。

やがて子どもたちや生徒たち、錦織(吉沢亮)や庄田(濱正悟)も集まる。無差別な攻撃をする人々がいる一方で、心配して顔を見に来る人々も確かに存在する。その両方が同時にあるという事実を、『ばけばけ』は静かに提示してくれる。

そして訪れる、静かな朝。ゴミのなくなった玄関先。その理由は、町の反省ではない。よりセンセーショナルな別の事件が起き、人々の関心がそちらに移っただけだ。忘却は、救済ではない。しかし、少なくとも、暴力を止める力にはなる。

18週は、ただ人生が物語にされ、消費され、やがて忘れられていく過程を、淡々と描いた週だった。それでもトキとヘブンは、手を取り合って散歩に出かける。生活は続く。『ばけばけ』は、その当たり前の事実を、何よりも強い希望として差し出していた。

嵐が静まったかと思いきや、翌週に向けてまた新たな騒動の予感が芽吹く。SNS上でも「よかったね!と思いきや…」「新たな嵐の予感」と言及されているとおり、ヘブンが松江を離れる決意をトキに示した。錦織との関係も含め、まだまだ心安らかにさせてはくれない。


連続テレビ小説『ばけばけ』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHK ONE(新NHKプラス)同時見逃し配信中・過去回はNHKオンデマンドで配信

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。X:@yuu_uu_