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なぜ、40代なのに20代を演じても違和感がなかったのか? 『ロンバケ』『ラブジェネ』を思い出させる“既視感の正体”

  • 2025.2.25
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(C)SANKEI

チャーミングという言葉がここまで似合う女優は、他にいない。映画『ファーストキス 1ST KISS』で、硯カンナを演じる松たか子を見て、つくづくそう思わされた。夫・硯駈(松村北斗)と冷め切った夫婦生活を送っていたカンナは、ふとしたきっかけで夫とはじめて会った日にタイムスリップしてしまう。過去を変えて、夫が生きている今を手に入れるために奔走する姿が可愛くて仕方がない。

松たか子の輝かしいキャリア

松は歌舞伎の名門・松本幸四郎家に生まれ、1994年にテレビドラマ初出演。90年代後半からは、『ラブジェネレーション』や『HERO』など、トレンディドラマで、ヒロイン役に抜擢されることも多かった。涼やかな顔立ちながら、時折見せる必死なリアクション、いじけたような態度が可愛らしく、ヒロイン然として芝居が印象的だった。

第34回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した映画『告白』では、娘を自身が担任をする生徒に殺され、復讐を誓う教師の冷徹さを表現。表情を変えずに、淡々と計画を実行する恐ろしさと、冷血になりきれずに葛藤が滲む絶妙な芝居には、片時も目を離せない吸引力があった。

舞台やミュージカル、アニメ映画での活躍も目覚ましく、どんなエンターテインメントを見て育ってきたかで、松の代表作は変わるだろう。それほど、活躍の幅が広く、さまざまなクリエイターから熱視線を送られる女優だ。松は、活躍の場を舞台へと移し、テレビドラマへの出演は少なくなっていった。

そんな松を2006年以来、約10年ぶりにテレビドラマの主演に引き戻したのが、『ファーストキス 1ST KISS』の脚本を担当した坂元裕二である。2016年に放送されたドラマ『カルテット』で松が演じたのは、謎多き女性・巻真紀。ミステリアスながら、自分と相手を大切に正直に生きる姿、そんな意思を表現するようにヴァイオリンに没頭する姿は、たまらなく魅力的で、40代の松だからこそできる役柄だった。

『カルテット』と同じプロデューサー、脚本で制作された『大豆田とわ子と三人の元夫』も同様だ。自身の幸せのために離婚を繰り返してきたとわ子の悲喜が混じる日常を見ていると、自分の人生を大切にしようという気力が湧いてくる。等身大の女性を演じさせたら、松の右に出る者はいない。

『ファーストキス 1ST KISS』で見せたいじらしさ

近年、その年代だから魅力的に演じられるヒロインを体現してきた松。映画『ファーストキス 1ST KISS』では、40代の魅力はもちろん、トレンディドラマを演じてきた20代のころも彷彿とさせる姿をみせている。

映画『ファーストキス 1ST KISS』は、夫を亡くしたカンナが、夫が生き残る未来を目指して、何度も夫と出会った日にタイムスリップする物語。カンナと駈は、決して仲の良い夫婦ではなく、離婚寸前の夫婦だった。そんな時、駈が亡くなってしまう。

1回目のタイムスリップで、20代の駈に出会ったカンナは、若い姿の駈にときめくというよりも驚いた表情を見せる。20代の夫の姿を見たカンナは、現代に戻ってきて、駈の遺影に優しく話しかけながら溜まったホコリを拭う。松は、若い夫に再び恋をしたというよりも、自分の中の駈との記憶が呼び戻されているようなそんな絶妙な芝居を見せるのだ。口を開けば、駈との生活の愚痴が出てくるような、無に近かった夫婦生活。それでも、カンナの中に確かにある駈と出会った頃の記憶や仲良く過ごしていたころの記憶が、輝きはじめるのがよく分かる。

その後のカンナはとてもいじらしい。どうにかして駈と会話しようと、身なりを整えて気を引く。キュンとすることを言われた時は、それを聞くために何度もタイムスリップして、あげく録音まで。駈を救いたいという思いと、若い頃の駈に会いたいという気持ちが混同した行動が可愛らしくて仕方ない。

また、タイムスリップした先や、若い頃の駈との生活の中には、20代のカンナがいる。髪型や服装などの見た目でも年齢の変化を表現しているが、松の表情の作り方にも40代のカンナとは違う無邪気さが滲む。まさに『ロングバケーション』に出ていた頃を思い出させる。昔から松を知っている人には既視感のある彼女の姿に、「本当にタイムスリップしているのでは?」と、錯覚してしまうほどだ。20代の頃も40代の現在も、唯一無二のヒロイン像を提示し続けてきた松だからこそ演じられる役柄だろう。

『カルテット』や『大豆田とわ子と三人の元夫』はもちろん、新春ドラマ『スロウトレイン』など、近年出演した作品はどれも現代を生きる人々に希望と温かさを与えるものばかりだった。今後も、彼女にしかできないヒロイン像で、作品を背負ってほしい。



ライター:古澤椋子
ドラマや映画コラム、インタビュー、イベントレポートなどを執筆するライター。ドラマ・映画・アニメ・漫画とともに育つ。X(旧Twitter):@k_ar0202