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8年経ってもまったく色褪せない… 社会現象にもなった“名作”を振り返る

  • 2024.11.8

2016年に放送された、新垣結衣と星野源主演のテレビドラマ『逃げるは恥だが役に立つ(以下逃げ恥)』は、今見てもめっぽう面白い。それは原作の面白さを実写で引き出した野木亜紀子の見事な脚本と、主演2人の類まれなる魅力にある。

結婚と仕事をめぐる問題に、鋭い目線を投げかけながら、明るく快活な雰囲気を崩さず、誰もが楽しめるエンターテインメントに仕上げているので、誰にとっても見やすい。放送から8年経ってもまったく色褪せることがない。そんな『逃げ恥』の魅力を振り返ってみたい。

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(C)SANKEI

“契約結婚”というウソから本物の愛が芽生える

25歳の森山みくり(新垣結衣)は、大学院まで卒業したにもかかわらず、正社員での就職先を見つけられず、しかたなく派遣社員としてお茶くみやコピー取りの仕事をさせられている。しかし、コストカットを理由に、派遣の仕事まで切られてしまい無職に。そんな折、みくりは父の紹介で、独身の会社員・津崎平匡(星野源)の家事代行をすることになる。派遣の仕事をクビになり、社会から必要とされない辛さを味わっていたみくりは、津崎に必要とされることで自尊心を回復していく。

しかし、そんな矢先、両親が別荘を買って引っ越すという。みくりは都心から離れてはますます社会復帰できなくなると思って、実家を離れるために津崎に契約結婚を持ちかける。突拍子もない提案に驚く津崎だが、これはお互いにとって好都合だと気づき、了承。かくして、二人の偽装結婚生活がスタートする。主婦としての仕事は給料制なため、みくりは無事に就職先を獲得したこととなり、津崎は煩わしい家事から解放されてウィン・ウィンな関係を築いたかに思えた。

しかし、みくりと津崎は互いの両親、同僚や友人にも真実を告げず、夫婦を装わなくてはならないため、次々と困難が降りかかってくる。2人は、力を合わせてニセモノのラブラブ夫婦を偽装し続けていくことになる。

両家の顔合わせ、同僚の休日訪問、みくりの伯母・土屋百合(石田ゆり子)のおせっかいによる新婚旅行など、難題をクリアしていくうちに2人の間には恋心が芽生えていく。嘘の結婚関係から本物の愛が生まれる展開は、王道ながらもドキドキさせてくれるし、笑わせながらもスリルも満点だ。

新垣結衣と星野源、リアル夫婦を生み出した共演

本作が放送当時に大きな人気を獲得した最大の要因は、やはり主演の新垣結衣と星野源の「かわいさ」だろう。とにかく、この2人、ものすごくチャーミングなのだ。

「独身のプロ」を自称する津崎は、恋愛に対して自尊心が低く、自信がない。こういう自信のない男性像は、ともすれば、卑屈な印象を与えかねないが、星野源が演じるとそうした印象にならない。ハグひとつするだけで、ものすごい緊張する35歳を嫌味なく演じられるのは星野源くらいかもしれない。

同時に、人の気持ちをきちんと考えられるキャラクターとして描かれていることもあって、モテない男子のリアリティを損なわずに、男性のチャーミングさも表現した、稀有な芝居を見せているのだ。

一方のみくりを演じる新垣結衣は可愛いことに異論を挟む人はいないだろう。契約結婚という奇想天外な発想ができる彼女は、頭がいい。同時に気づかいもできるし、計算高い一面があるが、嫌な感じがしないのは、新垣結衣のキャラクター性のなせる技。男女関係にうとい津崎を引っぱる立場になることが多く、面倒見の良い一面もある。妄想癖があるという特徴も、有名テレビ番組のパロディを交えて表現されていて、面白い。

可愛いのは主演の2人だけではない、みくりの伯母・百合を演じる石田ゆり子や津崎の同僚、沼田役の古田新太のようなベテランも可愛い存在感を発揮しているのが本作の特徴。このドラマに描かれる可愛さは、単純に若さから来るものではなく、もっと多様な、様々なタイプの可愛さが描かれているとも言える。

ちなみに、新垣結衣と星野源は、2021年のテレビスペシャルの撮影をきっかけに交際を始め、結婚。ウソの夫婦を演じるという作品の共演で本物の夫婦が誕生したことでも話題となった。

エンタメと社会性が両立した野木亜紀子の脚本

しかし、『逃げ恥』の魅力はキャラクターだけではない。本作は快活なエンターテインメントでありつつ、現代社会に対して鋭い眼差しを向けた作品でもあるのだ。

みくりは大学院まで卒業している優秀な人材なのに、就職先がない。これは社会にある男女の不平等を反映している。派遣社員切りにあってしまうのも、みくりが大学院まで出ているために、「生意気な女で扱いづらそう」というレッテルを貼られてしまうからだ。女は可愛いだけで愛嬌あるくらいでいい、という価値観に苦しめられている存在がみくりなのだ。

そして、本作は、現代社会において「結婚とは何か」を問いかける作品でもある。結婚して専業主婦になることを「永久就職」と言うことがあるが、実際に結婚を仕事として捉えてみるのが、本作のユニークなポイントだ。専業主婦の家事労働を経済価値に換算するセリフも出てくるが(年収にして約300万円らしい)、主婦のタスクは多い。家事をアウトソーシングする代行サービスから始まるこのドラマの関係性は、「どうして、世の専業主婦は無償で家事労働しないといけないのか」という疑問を浮き彫りにしているのだ。

そもそも、結婚は役所に婚姻届という「契約書」を出すことで成立するわけだから、ある意味で契約の一種だ。では、契約結婚と本当の結婚の違いはなんなのかと、視聴者に考えさせるように仕向けてくるのが本作の巧みな点だ。

世の中が多様な生き方を許容するようになったと言われているが、未婚の人への風当りはいまだに厳しい。伯母の百合は、会社でキャリアを築いているが、結婚できていないことに引け目を感じてもいるのは、周囲の目があるからなのだろう。

こうした社会状況を巧みに反映させながら、押しつけがましさをまったく感じさせない作品になっているのが、本作の素晴らしいところだ。これは脚本の野木亜紀子が得意とするところで、8月に公開された映画『ラストマイル』でもその能力を存分に発揮していたが、本作はそんな彼女の本領が発揮された一作だ。

放送から8年が経過しても、その魅力は色褪せず、本作が描いた社会への眼差しは今も必要とされている。そして、みくりと津崎の溢れる魅力は、放送から8年経った今でも定期的に会いたいという気持ちにさせられるのだ。



ライター:杉本穂高

映画ライター。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。X(旧Twitter):@Hotakasugi