話題の『地面師たち』　視聴者が気付かぬうちに沼ってしまう“２つの手法”

実際の事件を元に書かれた小説『地面師たち』（2019年12月/集英社）を原作としたNetflixドラマが7月25日から配信された。綾野剛、豊川悦司、ピエール瀧、小池栄子、北村一輝、染谷将太と錚々たるメインキャスト。しかし「全7話を一気見した！」とSNS上で話題になっている理由は、知らず知らずに続きを観てしまう“とある手法”による。

「仕事で自己実現を果たす」呪縛から逃れられない私たち

本作の根幹を担うのは、なんといっても豊川悦司演じるハリソン山中が牛耳る『地面師』集団だ。地面師とは、不動産詐欺を生業とする詐欺師の呼称である。

綾野剛演じる辻本拓海は交渉役、ピエール瀧演じる後藤は法律屋、小池英語演じる麗子は手配師（土地の所有者になりすます偽物の手配担当）、北村一輝演じる竹下は情報屋、染谷将太演じる長井はニンベン師（身分証明書などの偽造担当）など、地面師集団は役割が厳格に分けられている。

まさにプロの詐欺師集団である地面師たちの仕事ぶりを見ていると、個人の手際と、流れを堰き止めることのない連携の掛け合わせに、思わず拍手したくなるほど。やっていることは詐欺であり、紛れもない犯罪行為だ。しかし、現代社会で仕事に揉まれる立場から見ると、そのあまりにも美学あふれる仕事っぷりに、羨ましささえ禁じ得ない。

もはやバブル時代の栄光＆英雄話は都市伝説として語り継がれるようになり、歴史の一部となりつつある現代において、欲しい“物質的価値”は行き渡りつつある。物が飽和しきっているいま、欲しがられるのは“精神的価値”だ。

他者から認められ、趣味や仕事で自己実現を果たし、一目置かれる存在となること。富や名声だけで語れない価値はもちろんあるが、しかしそれは、欲しいだけの精神的価値を手にし、満足してからでないと実感できないものではないだろうか。

『地面師たち』の仕事っぷりを見ていると、プロ意識を持ち、達すべき目標に然るべき手順で達し、相当な対価を得るシンプルな構造が浮き立ってくる。それと同時に、仕事とは直接関連しない雑駁な物事（人間関係など）に振り回され、ため息をつきながら仕事に向き合う各々のやるせなさまでもが、悲壮なまでに立ちのぼってくる。

趣味や仕事で自己実現を果たしたい。そんな呪縛から逃れられない私たちの、決して表には出せない本音と願望が反映されているからこそ、全7話を一気見してしまうのではないだろうか。

キャラクターをリアルに引き立てる“極端”な手法

『地面師たち』に夢中になってしまうもう一つの手法として、極端な人物描写を挙げたい。

地面師集団で交渉役を担う辻本拓海には、悲惨な過去と、それによる“地面師になる必然的な理由”がある。それは1〜2話の時点から細やかに描写され、自然と視聴者が感情移入できるような流れで提示される。ハリソン山中の誘いに乗る辻本拓海の背景を想像すると、誰しもが彼の選択もやむを得ないと思うはずだ。また、人間を描くうえで欠かせない感情の起伏も、彼にはある。

しかし、ハリソン山中をはじめとするほかの地面師たちには、それがない。過去や感情など、いわゆる“人間性”を担保する要素が徹底的に排除されており、潔いほどに“キャラクター化”されている。「辻本拓海」には姓名が設定されているにも関わらず、それ以外の登場人物には姓しか設定されていないのも、キャラクター化を促進する要素に思える。それによって、拓海の感情の動き、衝動がよりリアルに迫ってくる仕組みになっている。

こういった、いわゆるクライムサスペンスものにおいて、悪を悪として描き切る手法には少々手垢がつきすぎた。かといって、あまりに犯罪者側に情状酌量の余地を持たせすぎると、感情移入を通り越して興醒めしてしまう視聴者も少なくない。

本作のように、とある一人だけ鮮明に、あるいは執拗なほどに背景を描像することで、不自然なまでの人間らしさが匂い立つようになる。自然と辻本拓海の動向や心象を追いかけ、せめて彼だけでも幸せな人生を送れますように、と願いながら、物語の最後を見届けずにはいられなくなる。

Netflix配信作品であることから、地上波放送ではできないような描写が多く含まれるため、食事をしながらの視聴には向かないのが玉に瑕。1話を観たら2話、次に3話と、途中で止めることなく観続けてしまう可能性が高いため、休日のまとまった時間で視聴することをおすすめする。

---

---

Netflixシリーズ『地面師たち』
［出演］綾野剛、豊川悦司、北村一輝
［配信］Netflixにて独占配信中
©新庄耕／集英社

ライター：北村有（Kitamura Yuu）
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。
X（旧Twitter）：@yuu_uu_