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「一緒に死のうか」原作者の“壮絶な実体験”を元にしたドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』

  • 2024.8.13

現実は単純な美談になんかならない、だから遠い未来に笑い飛ばせるように今を生きる。『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(以下、『かぞかぞ』)を見ていると、人間の営みの苦しみとおかしみがとても愛おしくなる。主人公・岸本七実(河合優実)と母・ひとみ(坂井真紀)の涙ながらの会話が描かれた第2話は、特に現実を生きる私たちに寄り添った回だった。

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(C)SANKEI

「命が助かってよかった」では終わらない

女手一つで家族を支えてきたひとみが急性大動脈解離で倒れ緊急手術をすることに。一命は取り留めるも、後遺症で下半身麻痺が残り、一生の車椅子生活を余儀なくされる。ひとみは普通に生活をしていたのに一夜明けたら、もう一生歩けない体になっていたのだ。ひとみは七実の前では気丈にふるまうも、「歩けない私が子供を幸せにできるわけない」と看護師に本音をもらす。

ひとみの成功率20%の手術が成功したのは、奇跡に近い。命が助かっただけで運がよかったのかもしれない。それでもひとみは急に変わってしまった自分の体と向き合い、できなくなってしまったことを受け止めて生きていかなければならないのだ。命の危機とは別の苦しみがそこにはある。

通常、ドラマなどで登場人物が大病を患ったとき、人物のその後の生活や葛藤は描かれにくい。七実の「トゥルーストーリー、ほぼ」という言葉の通り、原作者・岸田奈美の実体験をベースにしているからこそ、体の変化に戸惑うひとみとそのひとみをどう支えればいいのか戸惑う七実がリアルに見えるのだ。

サインをした責任が七実にのしかかる

ひとみの手術の同意書にサインをしたのは、七実だ。手術しなければ死ぬ、手術しても死ぬかもしれないと医者に言われながらも、「ママに生きていてほしい」という一心で七実は同意書にサインした。

しかし、七実はリハビリ中の母が「もう死にたいです」と泣きながら漏らしているのを目にしてしまう。自分が同意書にサインしたから、生きていて欲しいと願ってしまったから、母を苦しめているんだと自責の念にかられる。

七実は自責の念にかられてしまう自分の感情から逃避する手段として、自分自身の進路を考え始める。ニューヨークに行って、大道芸人になるという目標は、七実にとって一種の現実逃避だろう。七実は、懸命に英語の勉強を始める。

七実にとっての逃避とその先にあった努力は、ひとみにとって心の支えとなった。七実はあまりひとみの見舞いに行かなくなってしまうが、七実に目標ができたことを聞いたひとみはリハビリに向き合うようになる。

涙が止まらないカフェのシーン

七実の英語学習とひとみのリハビリに目処がついたある日、七実とひとみは一時外出でカフェへ向かう。ひとみは、懸命なリハビリで車椅子に乗れるようになった。車椅子に乗るひとみの表情は晴れやかだ。努力が実り、ひとみは一歩前に進むことができた。

それでも、車椅子で出かけた街には、自分の変わってしまった体を自覚させられるものが多すぎた。行きたいカフェは入り口に段差があって、店内も狭く車椅子では入れない。道に1人で放置されると居心地が悪く、心細くて仕方ない。イヤリングを落としても自分で拾うこともできない。人混みのなか、車椅子を押す娘は「すみません」と「ごめんなさい」を繰り返している。自分の無力さを感じさせるものがあまりにも多い。

やっと入れたカフェで、ひとみは泣きながら七実に謝る。そんな母を見て、泣き出さないように七実は目に入るポスターから「2億」「気まぐれサラダ」と、言葉をとってひとみを励ます。必死すぎて、目に入るもので会話してしまう七実は、自分が手術に同意したから苦しい思いをさせてしまっていると謝る。「死ぬほど辛い思いをしているのを知っている」「一緒に死のうか」は、七実からひとみへの最大限の寄り添いと優しさが詰まっていた。

この感動的なやりとりも、原作者の岸田奈美と母・ひろ実の間に起きたことだ。しかし、実際のやりとりでは、当時は必死すぎて泣けなかったと、2人はSNSで明かしていた。つらすぎる状況、その場をどうにかしなければならない状況に陥ると人は泣けなくなる。泣きたいのに、泣いたら負けだと意地で泣けなくなるのだ。当時、苦しいのに泣けなかった岸田奈美と母・ひろ実の感情を追体験した七実とひとみが、代わりに泣いたのだ。エッセイを原作としたドラマが、原作者に救いを与えた瞬間ではないだろうか。

『かぞかぞ』には、言葉では表せないリアルな葛藤や喜び、おかしさがある。一つ一つのエピソードが、実際に岸田家でおこったことを元にしているからこそ、人間の営みの尊さが心に迫ってくるドラマになっているのだ。



NHKドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』毎週火曜よる10:00  

ライター:古澤椋子
ドラマや映画コラム、施設取材、イベントレポートなどを執筆するライター。ドラマ・映画・アニメ・漫画とともに育つ。
X(旧Twitter):@k_ar0202