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「なんであんなに怒るの?」朝ドラ『虎に翼』主人公にまたもや賛否…寅子は大人になれるのか

  • 2024.7.12
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(C)SANKEI

連続テレビ小説『虎に翼』第14週で描かれた寅子(伊藤沙莉)と穂高(小林薫)の激しい言い争い。SNSでは、寅子の怒りに対してさまざまな反応があった。寅子はなぜあんなにも怒ったのか。穂高と寅子の関係性を振り返りながら、正体を探っていく。

寅子を法律の道へと導いた穂高

寅子は、優三(仲野太賀)へお弁当を届けに向かった大学で穂高と出会う。女性を無能力者とする当時の民法に違和感を抱いた寅子に、「言いたいことがあれば言いたまえ」と促してくれた穂高。寅子にとってははじめて会うタイプの大人だった。穂高は寅子に「法律家に向いているよ」と、明律大学女子部を勧める。穂高との出会いがなければ、寅子は法律家への道には進んでいなかっただろう。

穂高は、寅子が大学生として勉学に励む間も優しく見守り、寅子の最大のピンチである直言(岡部たかし)の贈収賄疑惑の弁護も務めてくれた。寅子の人生を導き、見守り、助ける。寅子にとって穂高は自分の前を進み、行く先を切り開く尊敬すべき存在だったのだ。明律大学女子部が廃止の危機に瀕したときに、穂高が言った「点滴穿石(雨垂れ石を穿つ)」。ほんの少しでも積み重ねていけば、未来は変わる。女子部存続のために立ち上がり、女性弁護士を目指して進む寅子たちにとっては、希望の言葉だった。

見えてくる二人の意見の違い

二人の意見がすれ違ってしまう最初のきっかけは、妊娠中の寅子が体調不良で倒れてしまったとき。寅子以外に生まれた女性弁護士たちの道を閉ざされてしまい、「自分しかいない」と自らを奮い立たせながら仕事に向き合っていた寅子に対し、穂高は子を産み育てることに専念しなさいと語る。それは、体調不良と戦いながらも女性弁護士の道を守ろうとしていた寅子にとって、とても残酷な言葉だった。そんな寅子に穂高がかけた言葉もまた「雨垂れ石を穿つ」だった。寅子も雨垂れの一粒として、尊い犠牲であれと語ったのだ。

戦後、司法省で働き始めた寅子にも穂高は残酷な言葉をかける。法曹界へと引きずり込んで不幸にしてしまった、まだ女性たちが生きやすい社会ではない、新しい憲法と民法が馴染んだときに初めて叶うんだと語りかける。言い換えれば、今、雨垂れの一粒になっても不幸になるだけだ、もう頑張らなくていいと言っているのだ。寅子は、この言葉に激昂し、おかげで本来の自分を取り戻すことができた。

『虎に翼』で描かれている時代より先の日本を考えれば、寅子も穂高も一粒の雨垂れだ。しかし、寅子は今まさに大岩を砕こうともがいている。それはさまざまな場面で、女性が不当に扱われる社会に違和感があるから。それを、その時代にはその時代の女性の務めがある、今岩を砕かなくてもいいんだと、尊敬する恩師に言われるのはなんとも酷だろう。一方、穂高には寅子を法律の道へと導いたという責任がある。教え子には幸せになってもらいたいという思いもある。体調不良で倒れたり、男性の中で抑圧されて自分の意見を言えなくなっている教え子を見て、「もう頑張らなくてもいい」と言いたくなってしまうのもうなずける。

寅子はなぜ怒ったのか

穂高は自身の退任祝賀会の挨拶で、「自分の雨垂れの一滴にすぎなかった」と語る。穂高の退任祝賀会会場での挨拶を聞き、寅子は怒りながらも涙を流している。直前で挟まるのは、穂高に女子部へ誘われたときの回想だ。穂高は、寅子を誘ったこと、女子部を作ったことも雨垂れの一滴にすぎないと自虐してしまった。

穂高が女子部を作ったことで、寅子を含め無数の雨垂れが生み出された。でも、それを含めて自分は何もできなかった、自分も一滴の雨粒だと言ってしまえば、そのあと無数に生み出された雨垂れを否定することになってしまう。寅子と共に、女性法律家の道を夢見て学んだ女子部の学生たちの努力の日々を否定することになる。

寅子は、穂高自身に悔いがあったとしても、女子部を作ったことで一つの岩を砕いたのだと胸を張って欲しかったのだろう。寅子は、女子部の仲間たちが努力を重ねつつも、それぞれの事情で法曹家への道を断念していたのをそばで見てきた。「そんな彼女たちを否定しないでくれ」それが寅子の怒りの正体だ。

一方、穂高は自身を一滴の雨粒だと自虐することで、女子部で学び法律家を目指して苦労することとなった女性たちから許されたかったのだ。この許されたいという想いが滲んでいたから、寅子はあんなにも怒ったのだろう。そもそも女子部を作ったことで女性たちを不幸にしたという後悔は、法律を学びたいと願い、自ら女子部に進学した女性たちを馬鹿にする感情だということに、穂高自身は気づいていないのかもしれない。
SNSでは「なんであんなに怒るの?」と寅子の怒りをうまく咀嚼できないという意見もあれば、「女性ではない穂高先生が、自分も尊い犠牲であるかのように語るのはずるい」という意見、「父親への反抗期のようだ」という意見もあった。

寅子のように今まさに理想に向かってもがく人の苦しみ、穂高のようにもがいた末に持った後悔は周りからは見えにくい。そして寅子、穂高の両者の考えは相容れないだろう。理想に突き進む人物を華々しく描くだけでなく、苦しみや怒り、後悔などその立場に置かれないと理解できない負の感情までつぶさに描いていくのが、このドラマの魅力だ。

穂高が最後に寅子に送った言葉は、「君もやがて古くなる」。第15週に入り、なにやら不穏な空気が漂う佐田・猪爪家。寅子自身が自分を見つめ直す良いきっかけになることを期待したい。



NHK  連続テレビ小説『虎に翼』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター:古澤椋子
ドラマや映画コラム、施設取材、イベントレポートなどを執筆するライター。ドラマ・映画・アニメ・漫画とともに育つ。X(旧Twitter):@k_ar0202