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「ドラ1・小林誠司」の前、「希望枠・福田聡志」の後に巨人の"背番号22"を背負った選手って覚えてる?

  • 2024.5.6
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TRILLL作成

読売ジャイアンツにとって、背番号「22」は、捕手とリリーフ投手が着けることの多い番号。中尾孝義選手や大久保博元選手など、移籍組の捕手が着けた番号としても知られています。その後、どんな選手が受け継いでいったのでしょうか。

2006年に読売ジャイアンツ希望枠として入団し、リリーフとして活躍した福田智選手や、2013年に読売ジャイアンツに入団し、現在も活躍を続ける小林誠司選手は、プロ1年目から「22」を着用しています。2017年にはWBCの日本代表に選出され、同年には、セ・リーグ史上初のノーヒットノーランリレーを捕手として達成する活躍を見せました。

では、小林誠司選手の前任として、2009年から2013年まで背番号「22」を着けた人物は一体誰でしょうか?ぜひ考えてみてください!

東京六大学リーグ4連覇を達成したリリーバー

越智大祐選手でした!

愛媛県新田高等学校から早稲田大学に進学すると、1年春から2年秋にかけて無傷の11連勝を達成。早稲田大学野球部史上初となる六大学リーグ4連覇に貢献しました。2005年に、ドラフト4位で指名され、読売ジャイアンツに入団。山口哲也選手とともに、「風神雷神」と称され、中継ぎの柱として活躍します。

150キロ前後のストレートと、「雷電フォーク」と呼ばれる落差の大きいフォークボールが武器。前足を大きく踏み込むダイナミックな投球フォームで、奪三振を量産しました。

同じ右腕投手である福田聡志選手から、越智大祐選手に受け継がれた背番号「22」。2014年以降は、生え抜き捕手である小林誠司選手が着用しています。今後、背番号「22」はリリーフ投手と捕手、どちらの系譜として受け継がれていくのでしょうか。

読売ジャイアンツの主な背番号22の選手

・中尾孝義(1989~1992)

・大久保博元(1992~1995)

・福田聡志(2006~2008)

越智大祐(2009~2013)

・小林誠司(2014~現在)


※2024年4月16日時点での情報です。
※背番号歴は選手の現役時代のみを記載しています。
現在現役・引退をした選手に関わらず敬称は「選手」で統一しています。

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