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【打率.306/174安打/99打点】18歳で打点王を獲得し、50年以上破られていない巨人のシーズン打点記録を持つ男

  • 2024.2.25

【問題】1948年シーズンにこの成績を残した選手は誰?

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プロ野球界を代表する長距離打者たちが、揃って目標に掲げる本塁打王のタイトル。その年の活躍を端的に示すわかりやすい栄誉であり、チームへの大きな貢献を表すものであるのは言うまでもありません。

そんな本塁打王のタイトルを、通算5回も獲得したスラッガーをご存知でしょうか?豪快な打撃と好守備で「じゃじゃ馬」と呼ばれた名選手です。

そこで今回は、通算5回の本塁打王に輝いた伝説のスラッガーをテーマに、クイズを出題。

イラストの成績がどの選手のものなのか、ぜひ考えてみてください!

ヒント…

・17歳でプロ野球球団入りしました。

・同年の秋季シーズンでは、リーグトップの打率.389を記録。

・1948年シーズンに、打率.306、25本塁打で二冠王を獲得。

・愛称は「じゃじゃ馬」。

正解は…

青田昇選手でした!

こちらは、1948年シーズンの成績です。

旧制瀧川中学校在学時の、1942年以17歳で読売ジャイアンツに入団しました。同年の秋季シーズンでは、リーグトップの打率.389を記録。1943年シーズンは、42打点、0本塁打、さらには当時18歳での打点王獲得となり、球界では異例の珍記録として知られています。

1950年には、王貞治選手をも超えるシーズン134打点を記録し、読売ジャイアンツのチーム記録を樹立しました。この記録は現在でも破られていない不動の大偉業です。

終戦後に阪急ブレーブスで2年間プレーした後、1948年から読売ジャイアンツに復帰。川上哲治選手らとともに活躍し、第2期黄金時代を築きました。ダイナミックな打撃と豪放な人柄から、付いた愛称は「じゃじゃ馬」。長打力に長けており、本塁打王のタイトルを通算5回獲得しました。

1959年に阪急ブレーブスへと移籍。現役後半は打倒読売ジャイアンツに燃えました。現引退後は、野球評論家やコーチを務め、「優勝請負人」と呼ばれることも。優勝後に、周囲の慰留を振り切り退団。地位や名誉にこだわらない在野精神もまた、「じゃじゃ馬」の名に恥じないものでした。


※情報は2月15日時点のものです。

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