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【成績クイズ】「史上最高のストレート」を投げ、防御率2.29、20勝、221奪三振を記録したこの投手は誰?

  • 2023.12.28

【問題】1981年シーズンにこの成績を残した投手は誰?

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イラストACを使用してTRILL作成

多くのスター投手が活躍してきた長いプロ野球史において、出色の成績を残すのは容易ではありません。ましてや、「怪物」と呼ばれるほどの実力を備える選手はほんの一握りです。

また、多くのスター選手を発掘してきたドラフト会議にも、数々のドラマが。意中の球団に指名され歓喜する者、指名を拒否して大学に進学する者など、多くの人間ドラマが生まれています。

今回は、「怪物」と呼ばれた大投手をテーマに、クイズを出題。

イラストの成績がどの投手のものなのか、ぜひ考えてみてください!

ヒント…

・作新学院高等学校1年夏に完全試合を達成。1973年は春夏ともに甲子園に出場し、春は60奪三振の大会記録を樹立しました。

・1973年に阪急ブレーブスからドラフト1位指名を受けるも、入団を拒否。その後法政大学に進学します。

・プロ入り3年目の1981年シーズンに20勝をマーク。

・たび重なる故障などに苦しみ、1987年に現役を引退しました。

正解は…

江川卓投手でした!

こちらは、1981年シーズンの成績です。

作新学院高等学校1年夏に完全試合を達成し、1973年は春夏ともに甲子園に出場し、春は60奪三振の大会記録を樹立。この年のドラフトで阪急ブレーブスから1位指名されるも、入団を拒否して法政大学に進学しました。

江川投手のピッチングは主にストレートとカーブの2つの球種。特に、カーブは見せ球として使われ、打者のタイミングを狂わせる要素となっていました。基本的に、投球スタイルはストレートを主体に据え、相手打者を圧倒する形で展開されていたため、「最後の先発完投型投手」ともいえる豪快なピッチングが魅力でした。

1978年11月21日、当時話題になった“空白の1日”をついて読売ジャイアンツは江川卓選手と契約。かの有名な“江川騒動”が勃発しました。その後、紆余曲折の末、読売ジャイアンツに入団。2年目に16勝を挙げ、最多勝、最多奪三振を獲得します。

1981年シーズンは20勝を挙げ、連続最多勝と最優秀防御率に輝きます。通算成績は、266試合、135勝72敗3セーブ、防御率3.02。ドラフト、入団、そしてピッチングと、さまざまなシーンでドラマを残した大投手です。


※情報は12月25日時点のものです。

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