1. トップ
  2. 日韓関係の「割り切れなさ」を描く映画『3ミリの恋』。意外な「謎解きミステリー」の魅力とは【レビュー】

日韓関係の「割り切れなさ」を描く映画『3ミリの恋』。意外な「謎解きミステリー」の魅力とは【レビュー】

  • 2026.11.6
 ©2026「3ミリの恋」製作委員会
©2026「3ミリの恋」製作委員会

この記事の画像を見る

映画『3ミリの恋』が11月6日より劇場公開中だ。本作を一言で説明するのであれば「留学生とのラブストーリー」。『怪物』(2023年)と『国宝』(2025年)など話題作に出演し続ける主演の黒川想矢がとにかくかわいらしく、初々しい高校生2人の爽やかさと甘酸っぱさが入り混じる恋模様を楽しめるだろう。

しかしながら、作品に内包されている「背景」と「歴史」、そして「メッセージ性」は、とても一行で収まるものではない。しかも、意外な「謎解きミステリー」とも言える要素がある、社会性とエンタメ性を両立させた映画だったのだ。

監督・脚本を務めたのは、在日韓国人3世のチョン・ジニュン。企画の出発点にあったのは、「日本と韓国の交流がもっと盛んになってほしい」という願いだったという。そうした作り手の想いは、単に国と国との交流を描くにとどまらず、劇中における「物理的な距離だけではない、人と人との距離感」へと昇華されている。その想いがどのように物語に反映されているのか、紐解いていきたい。

※以下、『3ミリの恋』の決定的なネタバレを避けつつ、一部展開に触れています。

何気ない言動が韓国の風潮に紐づいている

舞台となるのは、佐賀県唐津市の田舎町。釣りに夢中な高校生・タツヒコ(黒川想矢)は、韓国・釜山からやってきた留学生のユンスル(キム・ジアン)と出会い、少しずつ距離を縮めていく。

主人公のタツヒコは、この映画を観る多くの観客と同じく、韓国のことをほとんど何も知らない。等身大の高校生として、ただ魅力的な女の子に惹かれているだけ、とさえ言えるだろう。

しかしながら、そのユンスルへ「なぜこんな田舎町に留学に来たの?」という疑問がぶつけられていることをはじめ、彼女にはミステリアスな背景が示されている。決定的なのは、ユンスルがとある写真を大切に持ってきており、タツヒコが何気なくそこに写っていた人のことを聞いたこと。その無邪気な言葉にユンスルは傷ついてしまい、あまつさえ急に帰国してしまうのだった。

なぜユンスルが傷つき、 別れの言葉も満足にないまま帰国してしまったのか。その最も大きな理由はここではもちろん伏せておくが、それまでの何気ない言動を振り返ると、そこには彼女の切なる想いがあり、それが韓国の社会にある「風潮」に紐づいていると気付けるだろう。

たとえば、民宿の娘ジュリ(早瀬憩)が、絵が好きなユンスルに美術部への入部を勧めた時には、「日本とは違って韓国では部活は少ない」という事実を教えられる。ここでユンスルは「好きなことを放課後に好きなだけできる」日本の高校の風習を羨ましく思っていて、でも韓国にいた時の彼女自身は「そうできなかった(好きな絵を満足に描けなかった)」のだろう……などと想像できるのだ。

後半で反転するカルチャーギャップと、違いを知る意義

一方で、タツヒコは「日本が韓国を植民地支配していた歴史」や、「唐津と釜山との意外な繋がり」を少しずつ知っていき、ユンスル本人のことも理解しようとしていたのだが……それでも理由がわからないまま彼女が帰国したことにショックを受ける。そんな時に、歴史の教科書に載っていた地図で「唐津と釜山の間の距離」を定規で測ってみると、「たった3ミリ」だったのだ。

地図上ではたったの3ミリでも、タツヒコは結局ユンスルのことをわかってあげられず、「二度と会えないかもしれない」ほどの絶望的とも言える距離がある。その切なさ……いや、「実際はとても近いのかもしれない」という逆説的な希望が、『3ミリの恋』というタイトルには表れているのではないだろうか。

何しろ、タツヒコはこの後、本当に船に乗って釜山へユンスルを探す冒険に向かい、韓国語を少ししか話せない身でもなんとか現地の人とコミュニケーションを取り、その文化も学んでいく。つまり、物語の前半部での、韓国からの留学生が日本で自身の国との違いを知る過程が、後半では「日本の高校生が韓国で自身の国との違いを知る」過程へと、完全に「反転」するのだ。

自分の国と異国の違いを知ることは、単純に「カルチャーギャップ」のエンターテインメントになり得るし、意義深いことだと思い知らされる。例えば、タツヒコは釜山の現地で塾がとても多いことを目の当たりにして、そこから韓国が「超学歴・競争社会」であること、そのことが後に判明するユンスルの(あるいは韓国社会の若者が一般的に持つ)悩みにも強く結びついているとわかるのだ。

さらには、釜山に渡る船の中で出会った謎の韓国人(パク・ジファン)の視点も重要だ。こちらも詳細は伏せておくが、彼がとある事象に対して言う「いくらダメって言われても、気になるよね」という言葉は、後述する「政治的な事情や情勢的な問題に左右されない個人の意志」を示す、とても尊いものに思えたのだ。

「割り切れなさ」を若者たちのラブストーリーに託している

チョン・ジニュン監督は、2022年に制作した短編映画『ミヌとりえ』で「日韓の歴史的な背景やそこに残る悲しみや傷と、当事者ではない今の現代の若者がどう向き合ってお互いに交流していくか」という自分なりのメッセージを込めており、今回の『3ミリの恋』でも同様のメッセージを引き継いだ上で、日韓の若者の話を描けたらいいなと考えていたそうだ。

さらに、「日本での公開に向けてどんな思いを抱いていますか?」という質問に対して、ジニュン監督は以下のように答えている。

引用----

日本と韓国の間に感じる距離感は人それぞれに違うと思いますが、この映画を観ることで、その距離がちょっとでも縮んでくれたらいいなと思います。政治的な事情や情勢的な問題はあっても、そういうものに左右されない個人と個人の関係を、一人一人が作って欲しい。日韓だけでなく、世界中のどこの誰とでも、そういう距離感を作るきっかけになればいいなと思っています。

----

劇中では、日本・唐津と韓国・釜山の歴史における、良好とは言い難い関係や、そこに刻まれた悲しみや傷、ひと言では割り切れない複雑な感情が描かれている。本作は、そうした簡単には答えの出ない問題を、戸惑いながらも相手にときめき、時には傷つきながらも、理解し合い、信じ合いたいと願う若者たちのラブストーリーに「託した」作品とも言えるだろう。

ぜひ、タツヒコとユンスルが、政治的な事情や国際情勢だけでは語りきれないさまざまな問題に向き合いながら、個人と個人としての関係を築いていく姿、そしてふたりの恋が成就するのかを見届けてほしい。本作は、日韓関係はもちろんのこと、自分とは異なる世界や文化を持つ相手と、どのような距離感で向き合っていくべきかを考えるきっかけにもなるはずだ。

文=ヒナタカ

元記事で読む
の記事をもっとみる

注目コンテンツ