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「うちの子、国語が苦手…」 専門塾講師が教える「記述のコツ」と「本当の読解力」とは

  • 2026.11.5
cocreco写真:アフロ

小学生高学年から中学生になると急に難しくなる国語の記述問題。「どう書けばいいかわからない」と悩む子どもは少なくありません。

国語専門塾講師である山下倫央先生によると、読解力とは単に文章を読む力ではなく「自分の内面の変化に気づく力」だと言います。

本記事では話題の小説『放課後死体クラブ(仮題)』を題材に、記述問題の具体的な解き方と思春期の悩みに寄り添う読書の魅力を山下先生に解説してもらいました。

読書で広がる自分 きっかけを作る『放課後死体クラブ(仮題)』の魅力

あなたは、自分の日常経験とかけ離れた世界を描いた話なのに、自分の心を鷲づかみにする作品に出会ったことはないだろうか?

もしも「ある」のなら、この作品もきっとそうだと思う。

もしも「ない」のなら、この作品がきっとそうなると思う。

「自分」は小さく、狭い。でも、誰かのちょっと(いや、だいぶ)変わった物語に没入してみる。そこで何かを感じたり、思ったり、納得したり、やるせなくなったりする。そんな体験を通して、「自分」は広がっていく。

読んでいなかった、読む前の自分には戻れない。その不可逆性こそが読書の本質である。

ホラー映画は、わたしの心の安定剤だ。

ゾンビ、怨霊、猟奇殺人犯、地球外生命体が容赦なく人間を追い詰める。

そして映画が終わり、そんなものが存在しない現実の世界に帰るその瞬間、窮屈で息苦しいこの世界を、とても温かくて素晴らしい場所のように感じることができる。

こんな気持ち、誰にも理解されないだろうし、話したって引かれるに決まっている。だから、わたしは自分の中だけに押し込める。

この抜粋は『放課後死体クラブ(仮題)』(著:ひなたきな)より。この作品は、周囲とどうしようもなく話の合わない主人公が、学校という空間でいかにダメージを負わずに生き延びるかを描いた一種の逆サバイバル・ホラーだ。

といっても中学二年生の主人公・ひよりは、クラスで孤立などしていない。「仲良しグループ」にきちんと所属している。そのグループはTikTokで多くのフォロワーを抱える凜珠を中心とした5人組で、クラス内では「一軍」だと見られている。

SNSメインのキラキラしたやり取りが交わされるその一軍で、ひよりは本当はまるで興味のないK-POPボーイズ・グループの話題にへらへらと笑って合わせるしかない。それができないならそこを出ていくしかないのだ。

人目を盗んで観に行ったホラー映画の帰り、ひよりはいつも一人で本(『恐怖の心霊体験白書』等)を読んでいる由木(ゆき)さんに遭遇する。彼女も同じ映画を観ていたのだ。同じ趣味を共有するたった一人の仲間に出会い、大いに会話を楽しむ。

そしていつの日か死体役として映画出演したいと願う由木さんの夢を支える約束をし、ここから彼女の二重生活が始まる。日中は「仲良しグループ」の一員として過ごし、放課後は由木さんと一緒に「死体クラブ」の活動を行うのだ。

しかしそれは簡単には両立しない。「仲良しグループ」の一人・凛珠は、自分の威光を毛ほども感知せずに超然とたたずむ由木さんを目の敵にしはじめる。

ついには「みんな」が由木さんを嫌悪しているという「事実」を知らしめるために、ひよりに由木さんの髪の毛の匂いをかぐよう命じるのだった。

一軍グループでの孤立と本当の仲間との出会い

cocreco写真:アフロ

この作品が描き出しているのは以下のようなことだ。

孤立を恐れて自分の本心を出せず、大した意味のない会話にうわべの笑顔で応じる時間の苦しさ、長さ。

自分が心から共感できる何かについて語り、それを共有できる存在とかみしめる時間の楽しさ、短さ。

そして、そんなつもりはなくても時間と人格を「使い分け」している自分に気づく。映画『トイ・ストーリー5』のボニーが、チャットで知り合った「友だち」宅のお泊まり会に行く際に、笑われるのを恐れて大好きなジェシー(カウガール人形)を置いていったように。

しかしそんな「使い分け」はどこかで限界を迎え、自分が本当に情熱を捧げられるものは何かという答えを自分で出さねばならない日が来る。

あるいは、他人が怖いと思いながら、でもこの人だけは違うのかもしれないという存在に出会い、解放感、憧れ、希望を抱く。

しかし、その人は自分とは違う強さを持ってこの日常を生きているが、果たして自分はその人にふさわしい人間なのだろうかという別の疑問、自己反省に向き合う日が来る。

「いったい私はこの学校という空間でどんなムーブを決めれば正解なのか?」そんな選択と葛藤を体験した人であれば、この作品の提示する問いかけがきっと刺さるだろう。

これは単なるホラー映画好き少女の「脱出劇」ではなく、「みんな・私・あの人」という関係に置かれたすべての人の「出会いの物語」だからだ。

自分を使い分ける苦しさと本当の情熱への気づき

では、読んで感じるだけでなく、それを説明してみよう。設問「本文のひよりと同じようなあなたの経験を述べ、そのときあなたが感じたことを答えなさい」に国語科専門の塾講師らしく解説する。

まず、以下の段階で思考を進めてみよう。

1 「ひよりの経験」とはどのような経験なのか?

↓

A:ひよりの経験を具体的な出来事として書く。

B:それはどのような経験なのか、具体物を外して抽象化する。

2 Bに当てはまる「自分の経験」はないか?

↓

C:それを具体的な出来事として書く。

3 そのときの「自分の感情」はどのようなものか?

↓

D:その感情を明確な言葉で加える。

〔例文〕

K-POPグループの話題に興味がないことを凜珠に見破られそうになった場面で、ひよりは慌ててK-POPグループ愛を語りだした。これは集団から疎外される恐怖を味わわないために自分から噓偽りを口にして安全を図るという経験だ。私も、仲良しグループの子がつまらないと言っていたアニメについて、本当は大好きなのに、その人以上に酷評してみせたことがある。自分の気持ちを裏切っているような情けなさを感じた。

これで約200字の記述回答になっている。

問われていることを割って一つずつ回答していく。そして順序立ててそれらを組み立てる。字数が苦しいときは、一つのパートだけが膨らみすぎていないか考えてみる。

一番の鍵はBパート。それこそが作品から持ち帰った「意味」だからだ。

この作品の素晴らしいところを挙げると、昼間、学校でキラキラした話題に温度低めに合わせて過ごす場面のひよりの生気のなさと、放課後、由木さんと死体になりきる演技練習をする場面のひよりの熱さの対照。

普通の意味の「明暗」が反転している。日の差す世界のほうがむしろホラーなのだ。

お気づきのように、ひよりはそのどちらでも「演技」をしている。でも前者は「世界から隠れる」ための演技であり、後者は「世界に没入する」ためのそれであるというように向きが正反対。

「演技はフェイク」というのは分かりやすすぎるラベルで、人生はそんなに単純に割り切れないという作者からのメッセージなのかもしれない。

ひよりは由木さんという他者の物語に引き込まれ、その重力に絡めとられた。由木さんに出会わなかった自分にも、出会う前の自分にもなれない。それが彼女の成長だ。

冒頭にも書いたが 「読んでいなかった、読む前の自分には戻れない。その不可逆性こそが読書の本質である」

本を読むことは、自分の内部を読解し、認識を更新する作業だ。読解力は、たんに小難しい話を理解するための特殊能力ではなく、読んでいる自分の中で起こる小さな変化を見逃さないための生きる力である。

「ここは好き/嫌い」「ここは不思議」「ここはもう1回読みたい」など、その波動の数だけ文章とあなたはコミュニケーションしている。

そして可能であればその小さな変化を言葉に紡ぎ、文章に織り上げてほしい。そうすることでその小さな変化はあなたの一部としてより確かなものになっていくだろう。

文/山下倫央

『放課後死体クラブ(仮題)』

作:ひなたきな

第66回(2025年度)講談社児童文学新人賞受賞作

〈あらすじ〉過去のトラウマから本音を隠して過ごすひよりは、周囲を気にせず堂々と振る舞うクラスメイトの由木(ゆき)に惹かれていく。二人は、共通の趣味であるホラー映画を通じて意気投合。ひよりの過去を知る由木から「死体」の演技指導を頼まれたことで、二人は「放課後死体クラブ」を結成。異なる傷を抱える二人が、支え合いながら唯一無二の絆を築いていく物語。

cocreco『放課後死体クラブ(仮題)著:ひなた きな/絵:satsuki(講談社)
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