1. トップ
  2. カルチャー・教養
  3. 「お前ならできる!」期待に応え続けた優等生の息子が… 高校受験「不合格」で壊れた夏

「お前ならできる!」期待に応え続けた優等生の息子が… 高校受験「不合格」で壊れた夏

  • 2026.11.5
cocrecoイラスト:1日1鶏

17歳の男の子を子育て中のママ(47歳)です。

親が子どもにかける「あなたならできる」という言葉。それは、子どもの背中を押す魔法のフレーズなのかもしれません。しかし、知らず知らずのうちにわが子を追い詰めていたとしたら──。

これは、優等生だったわが家の長男が、受験という大きな壁にぶつかった、ある夏休みの記録です。

※本記事はママの実体験を取材し、プライバシーに配慮して構成したものです。

「お前ならできる!」祖父の期待を背負って育った息子

私は地元の人なら誰もが名前を知っている、公共事業などを手がける建設会社の娘として育ちました。

結婚後は、実家から徒歩5分ほどの場所に家を建て、3人兄弟の子育てに日々奮闘していました。代々続く家業でしたが、父が現役だったこともあり、私は家業を継ぎませんでした。そのためか、長男である息子が生まれたとき、周囲からの「後継」への期待は自然と息子へ向かうようになった気がします。

とくに息子に期待を寄せていたのが、私の父。父は実家の会社で重役を務めていて、絵に描いたような叩き上げの熱血漢です。努力と根性を何より大切にする人で、息子が幼いころから「お前ならできる!」「お前は天才だ!」と、事あるごとに声をかけていました。

おじいちゃんが大好きな息子は、褒められるたびにうれしそう。そして「いつか会社を継いでほしい」という祖父の期待にも、応えようとしているように見えました。その影響もあってか、学校では学級委員や生徒会役員を自らかって出るなど、何事にも積極的な子に育ったのです。

しかしそんな息子の姿を頼もしく思う一方で、私はどこか後ろめたさも感じていました。私が家業を継がなかったことで、父の期待を息子が一身に背負っているように見えたからです。

何事にも全力を尽くす息子ですが、どこか無理をしているように見えることがありました。夫も同じように感じていたようで、応援しながらも、いつも「無理しなくていいんだよ」と声を掛けていたように思います。

届かない合格ライン それでも「俺ならやれる」

息子が中学3年生になり、いよいよ高校受験を意識する時期がやってきました。志望校として掲げたのは、祖父の出身校でもある地元トップレベルの公立高校です。学校の成績も優秀な息子は、周囲から「楽勝で入れるだろう」と言われていました。

ところが息子は、定期テストの成績は良いのですが、模試の結果はずっと「C判定」なのです。毎回、合格ラインに届くか届かないかの瀬戸際。

三者面談では、担任の先生から「少しランクを下げて、確実に狙える高校にしたほうがいいのでは……」と助言を受けました。それでも息子は、頑なに志望校を変えようとはしません。「近くの私立高校でもいいんじゃない?」と私たち夫婦が伝えても、「大丈夫、俺ならやれるから」と返すばかりでした。

夏休みに入ると、息子は受験に向けてさらに勉強に打ち込むようになりました。友だちと遊びに出かけることはなくなり、朝から晩まで自室の机に向かう毎日。リビングに降りてくるのは、トイレと食事のときだけでした。

それだけ勉強に時間を費やしているにもかかわらず、夏の模試の結果は思うように伸びませんでした。頑張っていることは伝わってきましたが、その反面、どこか自分を追い詰めすぎているようにも見えました。

これまで祖父から繰り返し「お前ならできる」と言われてきた息子は、その言葉を心の支えにしているようでした。けれど、模試ではなかなか結果が伴いません。それでも「俺ならやれるから」と言い続ける息子を見ていると、期待を背負って無理をしているのではないかと、不安で胸がいっぱいになるのでした。

「つらいなら、志望校を変えてもいいんだよ」という言葉が、何度も喉元まで出かかりました。それでも、私は決して口にはしませんでした。代わりに「あと少しだよ。本当に毎日頑張ってるね」と声をかけ、息子を励まし続けたのです。

「本当は頭が良くないのかも」自信を失っていく息子

cocrecoイラスト:1日1鶏

夏休みも後半に差し掛かるころ、息子は以前のように笑わなくなっていました。それどころか、部屋からは時折、「ドン!」と机を激しく叩く音が聞こえるようになったのです。「なんでなんだよ!」という苛立った声が聞こえることもありました。

そんなある夜、息子が模試の結果を見つめながら、小さな声で「俺、本当はみんなが言うほど頭良くないのかも」と漏らしたのです。

それからというもの、息子は部屋にこもって、勉強に集中する時間がさらに増えました。下の弟たちも「お兄ちゃん、ずっと勉強してるね」と言うだけで、気軽には話しかけられなくなっているようでした。

心配になった私は、「あなたは十分頑張っているよ。少し力を緩めたら?」と声を掛けることもありました。それでも息子は「……いや、大丈夫。まだやれるから」と言うだけ。自室に戻り、また机に向かうのでした。

結果は不合格 志望校に行けなかった息子

その後も息子は勉強を続け、気づけば受験当日を迎えていました。

私は最後まで、息子の頑張りを見守ることしかできませんでした。本当は「もう十分頑張ったよ」と伝えたい気持ちもありましたが、息子の挑戦を応援するしかなかったのです。

しかし、結果は不合格。息子は、これまでの人生で初めての大きな挫折を経験することになりました。合格発表の日から、息子は自分の部屋に閉じこもるようになり、家族とは一言も話さなくなってしまいました。元気で明るかった息子はどこへいってしまったのか。

あまりの変わりように、私は戸惑いましたが、ふと思ったのです。家族が息子にずっと投げかけてきた「あなたならできる」という言葉が、もしかしたら息子を追い詰めてしまったのではないかと。もちろん励ましの言葉ではあったけれど、その言葉のせいで息子は「できない」と言い出せなくなっていたのかもしれない。

希望する高校に合格できなかった息子は……。

文/構成・橘サチ

元記事で読む
の記事をもっとみる

注目コンテンツ