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「アテンション・エコノミーによって普通の人間が過激になる先には……」ナツイが読む、増村十七『進め!白鼻進』【n人のブックウォッチャー】

  • 2026.11.3

作家やクリエイター、お笑い芸人、音楽アーティストなど、多彩なジャンルで活躍する人たちが、心に残る一冊をセレクトして、自身の言葉で紹介! 本を選んだ理由やそれぞれならではの視点を通して、本との新しい出会いや、読書の楽しみを届けます。

『進め!白鼻進』P25より引用

『進め!白鼻進』 (増村十七/小学館)
『進め!白鼻進』 (増村十七/小学館)

「情報化社会において、人々の注意や関心そのものが経済的価値を持つこと」を表す、アテンション・エコノミーという言葉があり、しばしば否定的な文脈で使用される。

悪い例は、収益のためにわざと炎上をするYouTuberで挙げればわかりやすいだろうか。あえて倫理や法律の面で問題がある行為に及ぶ、差別やルッキズムを助長するような発言をする、デマを流して人々を扇動する。再生数がお金に替わる世の中で、このように個人や社会のことを顧みずに、過激さだけを重視する配信者が一部いる。

そのすべてをWebメディアで「プロモーション」「ブランディング」みたいな良さげな言葉で呼びながら、存在しないろくろを回している場面に遭遇すると、あり得なすぎて爆笑してしまう。メディアもメディアで、ヤバいYouTuberと一緒にいびつな焼き物を作りあげないでほしい。なんか、みんな普通に逮捕されたりもするし。

かくいうわたしも「たった1人でもいいから、誰かの心を軽くできたら」と思いながら、文章を書いてはいるが、理想とは裏腹に文章や発信によって誰かを傷つけたり、社会に少なからず悪い影響を与えてしまったりしたこともきっとある。

それは恥ずかしながら勉強不足の場合もあるが、創作や発信が生活の糧や、承認を得る手段でもあることが大きい。志はさておき、わたしは創作によってお米を食べなければならないし、チヤホヤもされたい。そうした現実と欲望に冷静さを奪われ、数字を上手に扱っていたつもりが、いつの間にか数字に振り回されてしまったという経験が何度もある。冗談ではなく、ヤバいYouTuberはわたしの延長線上にいるのだと思う。

普段からそんなことを考えているからこそ、わたしは増村十七の『進め!白鼻進』(小学館)を読んで、ドキッとした。

1933年、売れない漫画家である甘神白鼻進(あまがみ・はくびしん)は田河水泡の『のらくろ上等兵』を読み、衝撃を受け、児童漫画が世を席巻する未来を確信する。

『進め!白鼻進』P25より引用 ©増村十七/小学館
『進め!白鼻進』P25より引用 ©増村十七/小学館

そこで、出版社の社長である宇宙亀吉(うちゅう・かめきち)と手を組み、パロディ漫画『ぶちねこ四等水兵』を出版することとなる。

その漫画を売るため、亀吉の提案で「外国が攻めてくる」などの不安と興奮を煽るような文言を使ったショック型広告、「シャーリー・テンプルも読んだ」というフェイク広告、挙句の果てにはバニラトラックのように音頭を流しながら走る街宣車まで利用し、あらゆる手段を使って世の中に広める。

『進め!白鼻進』P73より引用 ©増村十七/小学館
『進め!白鼻進』P73より引用 ©増村十七/小学館

結果、漫画は大ヒット。白鼻進は豪邸を建て、婚約者の彫金作家・あんと結婚する。後には子どもも生まれ、順風満帆の日々を送ることとなる。

しかし、だんだんと漫画の内容も白鼻進の振る舞いも、世の中の熱狂に合わせるように過激になっていく。1937年、もう止まることのできなくなった白鼻進は、戦争がはじまったことを成り上がるための「機運」と捉え、漫画の戦争プロパガンダ色をさらに強めていく。

『進め!白鼻進』P90より引用 ©増村十七/小学館
『進め!白鼻進』P90より引用 ©増村十七/小学館

かつては「身近で教養を高められる漫画こそが真の芸術」「漫画で人の心も世界も変える」という目標を掲げていた白鼻進。そんな白鼻進の漫画は戦時中において、どのように人々と世界を変えたのか。

個人的には白鼻進が漫画家として成功する中で家庭を顧みなくなり、あんに子育てや家事をすべて任せきりになってゆくシーンも印象的だった。

『進め!白鼻進』P98より引用 ©増村十七/小学館
『進め!白鼻進』P98より引用 ©増村十七/小学館

特にクリエイターの場合、誰かの人生を犠牲にしてまで成功を掴むことが、まだまだ美談として語られがちな世の中だ。その風潮に対して、作者があんとともに冷ややかな目線をおくっていることに、わたしは救われた。これは持論だが、世の中をよくしたいと思うのなら、身近な誰かの幸せを尊重することも両立してほしいと願う。

全体的にコメディチックでありながらも、普通の人間が「過激で人を惹きつけるもの」を優先しているうちに、いつの間にか戦争という巨大な狂乱に接続してしまう様子をシニカルに描ききっている。

ジャンルとしては「戦争もの」でもあるが、これは冒頭に書いたような現代のアテンション・エコノミーの問題点とも接続する物語だ。

また、わかりやすい結果を追い求め、熱狂の渦に身を置くことで、自分の人格や表現や志まで捻じ曲がっていく感覚も、末端の表現者ながらよくわかる。不安に首根っこを掴まれて、脳内麻薬で悪酔いして、歯止めが利かないのだよな。

これは何もクリエイターだけにかぎった話ではない。スマホ1つでなんでも発信できる時代。あぶく銭とインスタントな称賛のためにSNSで「差別を助長する」「デマを拡散する」なんてことは、悪意がなくとも誰もがしてしまうおそれがある。

わたしたち全員が自分自身を、そして世の中を悪い方向へ推し進めてしまう可能性をはらんでいる。

大げさではなく、こうした何気ない小さな選択の積み重ねが、過激さや熱狂を少しずつ当たり前のものにし、気づかないうちに社会を次の戦争へと傾けてしまうのかもしれない。

こうしたテーマを内包しながら、それをあくまでエンターテインメントとして描ききっている作者の筆力には脱帽である。この漫画自身が、白鼻進がかつて掲げていた「漫画で人の心も世界も変える」という目標を、理想的な形で体現しているように思う。

改めて言おう、白鼻進はどこにでもいる普通の人間だ。誰もが無関係とは言い切れない。すべてを自分ごととして考えるためにも、皆さんにもこの漫画を読んでほしい。傑作です。

■ナツイさんが紹介した本

『進め!白鼻進』増村十七

【プロフィール】

ナツイ

平成レトロ直撃世代のイオンタウン生まれヴィレヴァン育ちのエッセイ・コラムニスト。元書店員。SNSでエッセイ、またエンタメやサブカルに関する発信をおこなっている。2025年にアンソロジーのZINE、しりひとみ編『死んでないけど走馬灯』に参加。著書に『サブカルをお守りにして生きてきた』がある。

https://x.com/natsui_tanoshi

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