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【漫画】「もう60よ、老後の世話は頼んだわよ」と久しぶりの実家で頼む母。私が笑顔で答えると、母の笑顔が消えた

  • 2026.11.3
【漫画】「もう60よ、老後の世話は頼んだわよ」と久しぶりの実家で頼む母。私が笑顔で答えると、母の笑顔が消えた

実家の居間で聞こえた、母の頼みごと

久しぶりの実家で、母は猫なで声で老後の世話を頼みました

久しぶりに帰省した実家の居間で、私は母とローテーブルをはさんで座っていました。

実家に顔を出すのは、ここ数年、年に一度あるかないかでした。

母とは普段からあまり連絡を取っておらず、会っても近況を話す程度の関係です。

その日、母は最近、年を取ってからの生活が心配になってきたと話し始めました。近所でも親の介護や老後の暮らしが話題になることが増えたそうです。

ひとしきり話したあと、母はお茶をひと口飲み、急に甘えるような声になりました。

「この先は、あんたが頼りだからね」

そう言って、両手でカップを包み、にこにこと私を見ています。そして、当然のように続けました。

「もう60よ、老後の世話は頼んだわよ。」

あれほど私に冷たくしてきた人が、いったい何を言い出したのでしょう。

あまりに突然の言葉に、私は目を丸くしたまま、すぐには返事ができませんでした。

子どものころ、母は父に似ていると言っては私に冷たくしました

思い出すのは、小学生のころの、同じ居間での出来事です。

母は父の親戚の愚痴をひとしきり並べたあと、最後は決まって座布団に座る私のほうを向きました。

「父方の人は、どうも段取りが悪くてね。」

「あんたは、本当に父親似だわ。」

母は父に似ていることを、いつも悪いことのように言いました。

直接責められていなくても、私まで否定されているように感じたものです。

それなら私のことも嫌いなのかと、何度問いかけそうになったか分かりません。

けれど母の冷たい目を前にすると、言葉が出てきませんでした。

授業参観や運動会にも、母は「行けないわ」と言ってほとんど顔を出しませんでした。

進路を相談しても、返ってくるのは「好きにしなさい」のひと言だけ。

何かを相談しても親身になってもらえず、私は次第に母を頼らなくなりました。

家の中でも母の顔色をうかがいながら過ごしていたことを覚えています。

私が母にかけた、笑顔の返事

私は母の言い方をそのまま使い、笑顔で老後の世話を断りました

家を出て一人で暮らし始めてから、母とは自然と距離ができていました。こちらから連絡することも減り、会う機会も少なくなっていました。

それなのに今になって、母は私が老後の面倒を見ることを当然のように考えているようです。

あきれるより先に、胸の奥がすっと冷えていくのが分かりました。ここで曖昧にうなずけば、母は私が引き受けたと思うかもしれません。

私はカップから手を離して母に向き直り、できるだけやさしく笑いました。そして、子どものころから言われ続けてきた言葉を思い出しながら、静かに答えました。

「父親似で段取りが悪い私です。」

「老後の世話は、無理ですよ。」

母は何も言い返せず、私は連絡を必要なときだけにしました

母の笑っていた口元から笑みが消え、何か言い返そうとしたようでしたが、すぐには言葉が出てこない様子でした。

昔、自分が口にしていた言葉を思い出したのでしょうか。母は気まずそうに目をそらしました。

しばらく沈黙が続いたあと、私は笑顔のまま、静かに続けました。

「必要な連絡だけ、しますね。」

母は何も言い返しませんでした。私もそれ以上は話を広げず、その日は帰宅しました。

それからしばらくたちますが、母から老後の世話について改めて頼まれることはありません。届く連絡も、今のところ用件だけです。

私も必要な返事だけをして、以前のような距離感に戻るつもりはありません。

父に似ていると言われ続けた子どものころとは違い、今は自分で母との付き合い方を決められます。これからも無理に関係を深めようとはせず、自分の生活を大切にしていくつもりです。


※本記事は、GLAMが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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