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『NO.6再会#3』発売記念! あさのあつこ書き下ろし「森の民」だった幼き日のネズミを描く特別ストーリー公開

  • 2026.10.30

ディストピアを舞台に、少年たちの運命と絆を描いた名作『NO.6』。待望の『NO.6[ナンバーシックス]再会#3』の発売を記念して、原作者・あさのあつこ先生による贅沢な書き下ろしショートストーリーをお届けします。

本作は、ネズミがまだ「森の民」として暮らしていた幼いころの日々を描いた貴重なエピソードです。新刊の発売を祝いながら、ファン必読のショートストーリーをどうぞご堪能ください。

「彼方で待つものへ」

ネズミが振り向き、僅かに首を傾(かし)げた。

「何か言ったか、紫苑(しおん)」

言った。けれど、ぼくは、かぶりを振る。「いや、別に」と、答える。それから、抱えていた数冊の絵本を布袋に入れた。

堆(うずたか)く積まれた本の下から、引っ張り出した袋だ。柄も装飾もない、質素な、薄汚れた、けれどやけに丈夫な物だった。ただ、全体的に形に丸みがあり、そのせいか子どもの持ち物のようにも見えた。

これは、きみの袋かと問いたかったのだ。

もしそうなら、いつ使っていたんだ。昔、きみがまだ幼かったころ、これを携えていた時期があったのか。肩に掛け、何かを入れ、傍らに置いていた日々があったのか。

問うて、答えが欲しかった。

ぼくは、いつもきみの答えを求めている。聞きたいし、知りたい。きみを手に入れたい。

ときどき、自分がどこまで貪欲で、さもしい人間なのかと考えてしまう。

どうしようもないのは、こんなにも求めながら、自分の貪欲でさもしい姿をきみに晒(さら)したくないとも思ってしまうことだ。それも、かなり強く。

だから、問いも答えを乞う言葉も、無理やりに吞(の)み下す。

「これから、カランやリコと絵本を読むんだ。小一時間ほどで帰ってくる」

「外でか。かなり寒いぞ」

「枯れ枝を集めて焚(た)き火(び)をする。カランは火を起こすのが上手(うま)いんだ」

「焚き火の傍(そば)で、絵本の読み聞かせか。いかにも、あんたのやりそうなことだな」

「どういう意味だ?」

「まんまだよ。西ブロックの冬空の下で、腹をすかした子どもたちを相手に焚き火をして本を読む。あんたぐらいしか思いつかないイベントだ」

彼らしい皮肉に満ちた一言だったけれど、口調は柔らかく優しささえ感じられた。微(かす)かに笑んでもいるようだ。

「本で満たされるものもある。それは、きみだって、よくわかってるだろう」

「どうだかな。あんたの一人勝手な妄想か自己満足でしかないかも、な」

ぼくが言い返す前に、ネズミが動いた。

「それでは慈愛に満ちた幸せな王子に、これを献上しよう」

ぼくの胸元目掛けて緩やかに弧を描き、何かが飛んでくる。とっさに両手を差し出した。

「あ、これは」

「サツマイモだよ」

「うん、それはわかる。一目瞭然だ。でも、こんな立派なもの、どこで手に入れたんだ。あっ、もしかして、劇場の支配人が分けてくれたのか」

ネズミが肩を窄(すぼ)め、小さく笑った。

「当たり。昨日の観客の入りが予想外によくて、ご機嫌だったのさ。あんた、なかなかに勘がよくなったじゃないか。それに、成長した。サツマイモ一つに歓喜できるほどに、な。たいしたもんだ」

ずしりと重みのあるサツマイモは、カランとリコの飢えを少しの間、抑えてくれるだろう。二人の笑顔が浮かぶ。ほんの一時の幸福。あまりにささやかで儚(はかな)い幸せ。

一時凌(いちじしの)ぎじゃない。どこで生まれようと、どこで生きていようと、子どもたちが飢えずに済む世界を、ずっと、穏やかに本や音楽に心を浸らせられる世界を創り出さねばならない。

唇を嚙(か)んだ。痛いほど嚙み締めた。

何を言ってるんだ。ぼくは、こんなにも弱く、こんなにも無力だ。サツマイモ一つ、自分の力では手に入れられない。ネズミに頼らなければ生き延びることさえ覚束(おぼつか)ないくせに、新しい世界なんて……。それこそ妄想に過ぎない。

ネズミと視線が絡んだ。

皮肉も非難も𠮟責もない。凪(な)いで美しい眸(ひとみ)だった。

袋の中にサツマイモを仕舞い込み、ぼくは美しい眸に背を向けた。

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cocreco撮影/柏原力(講談社写真映像部)
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