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第39回東京国際映画祭「CROSSCUT ASIA+」シンポジウムで東南アジアの映画人が熱弁!映画制作とアーカイブの重要性を語り合う

  • 2026.10.29

現在開催中である第39回東京国際映画祭(TIFF)で、今年新設されたCROSSCUT ASIA+部門の「<シンポジウム>時間と場所のSIDE BY SIDE」が、10月29日に東京ミッドタウン日比谷LEXUS MEETS... にて開催された。

【写真を見る】ラスリーン (インドネシア、映画プログラマー)をはじめ、東南アジアエリアから4人の映画人が来日

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参加したのは、インドネシアの映画プログラマー、ラスリーンや、失われていた『トゥラン』(57)のフィルムを再発見した研究者のブンガ・シアギアン、『未明のとき』(24)のダニエル・フイ監督、『人間に生まれるなら』(25)のプロデューサー、ダニエル・マッテス。司会進行は映画プログラマーの上田真之が務め、隣り合う国々としての東南アジアの映画作りやアーカイブの大切さなどを語り合った。

最初に上田が、今回のコンセプトや3作が上映された経緯について説明したあと、「『SIDE BY SIDE』では、異なる時代や場所の映画を隣り合わせに置くことで、私たちが歴史を理解し、語る方法そのものを問い直したいと考えています」と、シンポジウムの趣旨について述べた。

ブンガ・シアギアン(インドネシア、研究者)
ブンガ・シアギアン(インドネシア、研究者)

その後、3つの映画についてトーク。『トゥラン』を発見したというシアギアンは「これは監督の娘である私にとって、ライフワークと言えるプロジェクトでした。歴史教科書でこの作品の存在はずっと目にしていましたが、私たちは実際にその映画を観る機会が1度もなかったのです。私たちの歴史においては非常に重要な作品でした」と述懐。

「それで文化面や、映画祭のインフラ、当時の執筆物などを詳しく調べ始めたら、アジア・アフリカ映画祭に参加していたことがわかったんです。それでロシアの映画専門家や「ゴスフィルモフォンド(ロシア国立映画保存所)」に連絡を取り、調査をしていきました。当時の政府はあまり力になってくれず、友人たちのネットワークに頼って調べていった結果、ゴスフィルモフォンドに保管されていたんです」と経緯を明かした。

ダニエル・フイ(シンガポール、映画監督)
ダニエル・フイ(シンガポール、映画監督)

続いて、フイは「現在、東京国際映画祭で上映されている私の映画『未明のとき』は、2014年に制作した『スネークスキン』(14)と非常に深い関係があります。『スネークスキン』も現在、上映プログラムの一部として公開されていますが、どちらの作品も、国家で語られてない時代を扱っています。『スネークスキン』は独立前のアジア左派運動について扱ったもので、歴史から抹消された部分でした。一方、『未明のとき』は主に反対派の弁護士であり政治家であった人物について語っています。1980年代において、彼はシンガポールの与党に勝利した唯一の、そして初の野党政治家でした。『スネークスキン』と決定的に違うのは、この政治家がまさに「現在進行形で歴史から抹消されつつある」という点です」と解説。

『スネークスキン』は国からの圧力で上映が難しいが、観ることは可能だという。

「『未明のとき』はシンガポールで完全に上映禁止となりました。私たちがいま目撃しているのは、まさに“歴史からの抹消プロセス”そのものです。映画というメディアには記憶を保持し、保存し続ける義務があると感じています。劇場で上映されるたびに歴史は息を吹き返し、過去のものにとどまらない“常に現在にあるもの”で、私たちがどのような未来を築けるかを語りかけてくれるのです」と公開される意義を明かした。

ダニエル・マッテス(カンボジア/アメリカ、プロデューサ
ダニエル・マッテス(カンボジア/アメリカ、プロデューサ

続いて、カンボジアの制作会社アンチ・アーカイブのプロデューサーであるマッテスは、『人間に生まれるなら』について解説。

「これはカンボジアの映画監督リー・ポーレンの長編デビュー作です。私たちが彼とタッグを組むのは、ドキュメンタリーからフィクションへと足を踏み入れた短編映画『Farther and Farther Away』に続き2作目です。彼のドキュメンタリー作品の多くは、カンボジアの先住民族の経験や環境問題に焦点を当てていました。カンボジアでは、政府による山林、湖、天然資源の開発や搾取によって、環境が日々急速に変化しています。ポーレンが長編1作目となる『人間に生まれるなら』の構想を得たのは、非常にパーソナルな思いからでした」と熱い想いを明かす。

「1970年代のクメール・ルージュによるジェノサイドや、その後の内戦で甚大なトラウマを負った両親の世代の経験と、どうにか対話を行おうとしたのです。そして、彼自身が生まれた時代、1990年代の安定化以降の平和と繁栄とされる時代もまた、1970年代とは異なる力によってもたらされたとはいえ、新たな苦しみに満ちた時代でした。この映画は、過去と現在の双方に同時に目を向け、2つの時代の苦しみがどのように響き合っているかを描いています。同時に、カンボジアの人々が、関係性やコミュニティ、周囲の場所を通して、いかにして乗り越え、生き残り、希望と存在する理由を見出していくかを描いた作品でもあります」と映画をアピール。

それらのエピソードを受け、シアギアンは「映画を作り、失われた作品を探すことは、人と出会い、協力し、過去と現在の出来事を結びつける手段となります。映画は単に過去を保存、記録するだけでなく、それを現在へと呼び寄せるのです」とうなずいた。

司会進行は日本、映画プログラマーの上田真之 (一番左)が務めた
司会進行は日本、映画プログラマーの上田真之 (一番左)が務めた

また、質疑応答コーナーでは「日本が現在の東南アジアの映画でどのように捉えられ、描かれているのかをお聞きしたい」という質問が上がる。

この問いにフイは、東南アジアにおける日本の歴史が第2次世界大戦と強く結びついているとしたうえで「シンガポールにおいては、日本軍の侵攻とイギリス軍の撤退は、反植民地運動における最大の転換点となりました。現在でも、第2次世界大戦の記憶は政治的プロパガンダや映画の題材として度々利用されていますし、日本占領下の抗議運動を描いた映画なども制作されています」とコメント。

全員でフォトセッション
全員でフォトセッション

続けて「日本軍が多大な惨劇を引き起こしたことは事実ですが、中国系コミュニティをはじめ、民族によって受けた影響や語り継がれ方は非常に複雑です。現代の映画においてより興味深いのは、“現在の日本人”がどう描かれているかという点です。タイやシンガポールには大きな日本人コミュニティが存在し、独特の経済・社会生活を営んでいます。そうした現代の日本人コミュニティの姿を描いた作品は、東南アジアの観客にとっても非常に新鮮で、知られざるコミュニティの内側を知るきっかけになっています」と現状についても語った。

各国から来日した映画人が、互いに関わっている映画のバックグラウンドや、制作状況のいまについてもトークを展開。アーカイブの大切さや、映画祭を通じての国際交流の意義についても話し合われ、大盛況のなか、シンポジウムは幕を閉じた。

文/山崎伸子

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