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松田聖子の映画に出演も“姿なし”…ショッカー戦闘員→映画初主演で新人賞をつかんだ【トップ俳優】とは?

  • 2026.11.4
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唐沢寿明-1991年7月撮影(C)SANKEI

35年前の1991年11月、ひとつの探偵映画がスクリーンに掛かった。弘兼憲史の漫画を実写化した映画『ハロー張りネズミ』。探偵事務所の調査員で、寝ずの張り込みが得意なことから「張りネズミ」と呼ばれる男・七瀬五郎を演じたのは、唐沢寿明だった。

唐沢にとって、これが記念すべき映画初主演作だ。

今でこそ名の通ったトップ俳優だが、それより前の彼は無名の若手で、エキストラとして参加した映画を観に行っても、自分の姿がどこにも映っていないことさえあった。スクリーンの片隅にすら残れなかった青年は、いかにしてど真ん中へと駆け上がったのだろうか。

映画館のどこにも自分がいなかった下積み時代

俳優を志した唐沢のキャリアは、泥臭いエキストラから始まった。刑事ものや戦争ものの撮影現場に通っては、アクションと芝居を体に叩き込む日々。最初の現場では、人や物をどかす業界用語「笑え」の意味が分からず、恥をかいたこともあった。

唐沢は、あの松田聖子の映画にもエキストラとして参加した。劇場へ足を運んだものの、スクリーンのどこを探しても自分の姿は見当たらない。後年ラジオ番組でこの話をしたときは、笑いながら、それでもあの頃は楽しかったと付け加えている。

少しでも顔を売りたい、人前に出たい。そのハングリー精神は凄まじく、1984年には昭和の名物番組『びっくり日本新記録』に、サラリーマンを装って出場したほどだ。スーツ姿のまま障害物競走を激走する20歳の唐沢の姿は、2026年7月の『情報ライブ ミヤネ屋』で掘り起こされ、映像を見た本人は苦笑した。

悪役に泣かされた少年の直談判

そもそも、唐沢が役者の道を志したきっかけは子どもの頃の悔し涙だった。

テレビ画面の中で憎々しい悪役を演じる橋爪功に本気で腹を立て、悔し泣きする唐沢少年に、母親はテレビの話じゃないのと声をかけた。それでも、このとき流した悔し涙が、のちに役者を志すきっかけになる。

その後の行動力も規格外だ。新聞広告で見かけたジャパンアクションクラブに問い合わせると、目指せるのはスタントマンだけだと言われた。15歳の唐沢は、学校帰りに制服のまま東映の撮影所へ向かった。俳優になりたいと訴えた少年は、守衛に中学を出てから出直すよう言われる。

普通ならそこで諦めるか、その出来事を記憶の彼方に追いやるだろう。しかし唐沢は1年後、本当に再び撮影所の門を叩いた。別の守衛に、去年も来たことと中学を卒業したことを伝えると、話は取り次がれ、アクションを学びながら芝居も勉強できる道へと繋がっていく。

こうして東映アクションクラブに入った唐沢は、ヒーロー番組のスーツアクターとして経験を積んでいく。『仮面ライダー』シリーズでは、ライダーマンのスーツアクターを務め、悪の組織ショッカーの戦闘員も演じた。

ジャージを白いポロシャツに替えた日

本格的な転機が訪れたのは、銀座博品館劇場の舞台『ボーイズレビュー・ステイゴールド』のオーディションだった。歌もダンスもからっきしだったにもかかわらず、なぜか合格。1987年、この舞台で唐沢は俳優デビューを果たす。

さらにドラマのような巡り合わせが待っていた。唐沢は、舞台を制作した事務所に3年間の預かりとして入る。その社長は、なんとあの橋爪功の最初の妻だった。かつて自分を本気で泣かせた橋爪本人も、何度か客席に足を運んだ。

ある日、社長の自宅に呼ばれた唐沢を待っていたのは、白のポロシャツとカーキのチノパンだった。オーディションにはこれを着ていくようにと言われた。

アクション漬けだった唐沢の普段着は、それまでジャージ。言われるがまま、ポロシャツとチノパンの爽やかな出で立ちでオーディションに通うようになると、唐沢は受かり始めた。

七瀬五郎でつかんだスクリーンの真ん中

1991年5月、森田芳光監督の映画『おいしい結婚』に出演。三田佳子や斉藤由貴といった錚々たるキャストと肩を並べ、そこには橋爪功の名もあった。

そして11月、映画初主演となる『ハロー張りネズミ』が公開される。唐沢演じる七瀬五郎は、一目惚れした美女を守るため、新薬開発をめぐる製薬会社の不正に立ち向かっていく。金儲けのつもりで首を突っ込みながら、最後には正義を選んでしまう愛すべき男だ。

翌1992年、唐沢は『おいしい結婚』と『ハロー張りネズミ』の2作で、第15回日本アカデミー賞新人俳優賞を受けた。当時の紹介文には、ミュージカル出身で歌やダンスも得意な若手とあり、「爽やかな好青年ぶり」にも触れている。歌も踊りも素人のままオーディションに飛び込んでから、まだ数年しかたっていなかった。

同じ1992年のフジテレビ系ドラマ『愛という名のもとに』で、唐沢はブレイクを果たす。

やったことのない役がうれしい

映画初主演から約35年後の2026年5月、唐沢は堤幸彦監督の映画『ミステリー・アリーナ』で主演を務めた。演じたのは、毒舌で解答者を煽り立てる推理クイズ番組の司会者・樺山桃太郎。そのアフロヘア姿は、衣装合わせの現場で唐沢自身が提案したものだった。

2026年4月の完成披露試写会で、唐沢は樺山を「僕自身、やったことのないような役」と紹介した。そのうえで、「でもそういう役をオファーしてくれるのは、うれしいこと」と話している。

かつては白いポロシャツを着せられ、爽やかな青年としてオーディションに受かり始めた。だがいまの唐沢は、自らアフロ姿になり、観客に嫌われそうな毒舌の司会者を演じる。

エキストラとしてスクリーンの端にすら映れなかった青年は、主役の座を掴んだあとも、ひとつのイメージに安住せず、やったことのない役を面白がってきたのだろう。


※記事は執筆時点の情報です

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