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東直子さんが選ぶ「令和の短歌」|テーマは「樹々の気配」

  • 2026.10.25
Alvin Huang / Getty Images

日本では古くから、人々が日々の気持ちを短歌に託して表現してきました。ここでは、現代の感性で日常を切り取った「令和の短歌」を、歌人の東直子さんが選び、毎回さまざまなテーマに沿ってご紹介します。今回のテーマは「樹々の気配」です。

夕暮れに自転車飛ばす一瞬の金木犀とクリームシチュー

竹内 亮『潮の香りのするラムネ菓子』(2026年)

【東直子さんの講評】

金木犀の香りに気付くと、秋がやってきたと思う。あれが金木犀の花の香りだと知ったのは、いつだろう。小学校、あるいは当時住んでいた社宅の庭だったか、可憐な黄色い花を指して、「あれは金木犀だよ」と誰かが教えてくれた。ほんのり甘くて清々しく、芳香剤にもよく使われているが、天然の香りは格別である。

この歌が入っている歌集『潮の香りのするラムネ菓子』は、RASUKU氏の絵とのコラボレーションによる青春歌集である。この歌には、自転車で帰宅する学生の後ろ姿が添えられている。元気に夕暮れの中を走りながら、一瞬、金木犀とクリームシチューの香りを感じた。もうすぐやってくる冬の予感とともに、満ち足りた気分が伝わる。

生い立ちは昏いほそ道ふりむけばどうと銀杏の葉が散っている

道券はな『ひからせる』(2026年)

【東直子さんの講評】

「生い立ち」を「昏(くら)いほそ道」としている。具体的にどんなことがあったのかは分からないが、憂鬱な気分が勝っていた日々だったのではないだろうか。下の句では、落葉する銀杏の木のイメージが置かれている。それも「どう」と散っているということで、いっぺんに大量の葉が落ちる様子が浮かぶ。何十年、あるいは何百年も生きてきた大木なのかもしれない。

「昏いほそ道」は、樹々がうっそうと繁る森の小道のような道が想起されるが、銀杏の明るい黄色い葉が盛大に散る情景へと展開されることで、明るく開かれた道へと変化する。「どう」と落ちる銀杏の葉は、過ぎ去った時間、戻ることのない時間を象徴するようである。

一本の朴の木に風集まれり人ごえに似る音をたてつつ

沖 ななも『木陰の思想』(2026年)

【東直子さんの講評】

朴(ほお)の木は、蒸し料理に使われることがあり、一枚の葉が比較的大きい。風が強く吹いたら、おおらかに揺れることだろう。この歌ではそんな朴の木が揺れる様子を「風集まれり」と、風の方が朴の木に向かって吹いていると把握する。さらにその音を「人ごえに似る音をたてつつ」と表現している。ただざわざわするだけでなく、なにか意味のある人の声のようなものを感じたのだ。

木は、言葉をもたない。しかし、根を通じて離れた場所にいる樹々とも情報交換をしていると聞いたことがある。その場から離れることができないが、枝を伸ばし、葉を繁らせ、花を咲かせ、実をつけ、絶えず変化している。豊かな朴の木に対する敬意を感じた。

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ひがしなおこ◯歌人、作家。広島県生まれ。1996年に第7回歌壇賞、2016年には小説『いとの森の家』(ポプラ社)で坪田譲治文学賞を受賞する。歌集『春原さんのリコーダー』(ちくま文庫)、小説『ひとっこひとり』(双葉社)、エッセイ集『魚を抱いて 私の中の映画とドラマ 』(春陽堂書店)など著書多数。最新刊は掌編『フランネルの紐』(河出書房新社)。

文=東 直子 編集=吉岡博恵(婦人画報編集部)

『婦人画報』2026年11月号より

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