1. トップ
  2. おでかけ
  3. もう行った? 東京の新たな芸術祭「TOKYO ATLAS」は、海辺から地下の非日常空間までをめぐる旅

もう行った? 東京の新たな芸術祭「TOKYO ATLAS」は、海辺から地下の非日常空間までをめぐる旅

  • 2026.10.23


台場公園に広がる、草間彌生《ナルシスの庭》(1966/2026)。 Hearst Owned

美術館を飛び出し、東京の新しい地図を描く

東京湾を望むお台場。飛行機が空を横切り、船が行き交い、海からは風が吹く。そんな開放的な風景のなかに、いま、現代アートが広がっている。

12月20日まで開催中の国際美術展「TOKYO ATLAS」の会場となるのは、台場、青海、天王洲の3エリア。アーティスティック・ディレクターを務める建畠晢は、これほどの規模で都市空間を舞台にする国際美術展は、東京ではこれまでになかったと語る。従来の芸術祭では美術館が中核となることも多いが、今回は都市そのものが展示の舞台となるのだ。

会場のひとつ、青海南ふ頭公園にて。ハルーン・ミルザの作品を体験しながら東京湾を望む。眼前に点在するのは竹岡雄二の作品。 Hearst Owned

なかでも興味深いのが、お台場の歴史。現在はショッピングや観光を楽しむ場所として国内外で広く親しまれるが、その名前の由来は幕末にさかのぼる。1853年のペリー来航を受け、江戸幕府は江戸湾を守るため、品川沖に砲台を築いた。現在の台場公園は、その第三台場を整備した場所だ。

当時の防衛拠点が、時を経て人々の憩いの場となり、いま、現代アートの舞台となっている。東京の歴史の意外な一面に触れられることも、本展の魅力だろう。

テレコムセンタービルでは、草間彌生《ヤヨイちゃん》(2012/2023)、《宇宙へ行って見た愛の花束》(2021)の大規模インスタレーションを堪能できる。 Hearst Owned

もうひとりのアーティスティック・ディレクター、三木あき子が大切にしたのは、既存の場所が持つ個性を尊重することだ。作品によってその場の空気を強引に変えるのではなく、訪れた人がもともとそこにあった風景や歴史に気づき、新たなコミュニケーションが生まれる場にしたいという。

現代アートに詳しいかどうかは関係ない。街を歩き、風景を眺め、音に耳を澄ます。そのなかで、作品と都市との思いがけない出合いが生まれていく。

海辺に現れた巨大なウサギ。都市と自然の境界を越えて

お台場の海辺で目を引くのが、イケムラレイコによる《ムーンラビット・ランディング》だ。海に浮かぶ巨大なウサギは、愛らしさと神秘性をあわせ持つ。

イケムラレイコ 《ムーンラビット・ランディング》(2026)。作家は、作品を海の上に浮かべることを夢見ていたという。 courtesy of tokyo atlas

イケムラの作品に登場するウサギは、人間と動物、現実と幻想、内側と外側といった相反する要素を併せ持つ存在だ。作家自身は、このウサギを月から持ってきたと語ったという。作品の内側から外を眺めることと、外から作品を眺めること。その視点の往復もまた、作品の重要な要素となっている。

作家はかねてより、作品を海の上に浮かべることを夢見ていたという。東京湾という開かれた場所に現れたウサギは、都市と自然、現実と想像の世界を結ぶ存在となっている。

音と風景がひとつになる、シネマティックな体験

今回の展覧会でとりわけ印象的だったのが、青海南ふ頭公園で展示されるハルーン・ミルザの作品。光や音、電子機器を用いたインスタレーションで知られるミルザは、今回の作品では、LEDデバイスが発する光のパターンを人間の声で模倣し、コーラスを生み出すという、SF的な発想を取り入れている。作品に用いられている建造物は、ずっとこの土地で休憩所として親しまれてきた。

ハルーン・ミルザ《Adam, Eve, Others and a UFO》(2014)。休憩所として親しまれてきた場所が作品に変身した。 Hearst Owned

人工的な光と人間の声。機械と身体という異なる存在が、ひとつのリズムを共有する。その音を背景に、目の前に広がる東京の風景を眺めてみる。空には飛行機が飛び、海には波が寄せる。風が吹き、音が移ろい、刻々と景色が変化していく。そんな様子をぼーっと眺めていると、なんとも瞑想的なムードへと誘われ、目の前にある都市の風景そのものが、作品の一部になっているように感じられる。

足元から響く、東京の歴史と記憶

都市の歴史を身体で感じさせるのが、石下健太によるインスタレーションだ。

石毛健太《2026年の太平洋ラジオ火事》(2026)。お台場海浜公園内にあり、作品名が記されたプレートが目印となる。 Hearst Owned

一見すると何の変哲もない砂場だが、砂の下には30基以上のスピーカーが埋め込まれている。黒船の来航や関東大震災、米軍のAMラジオ放送など、この土地や東京の歴史にまつわる音が響き、地鳴りのような振動が足元から伝わってくる。まるで地面そのものが音を発しているかのようで、不穏な気配も醸す。かつて江戸の防衛拠点だったこの場所には、幾層もの歴史が刻まれている。作品は、目に見えなくなった都市の記憶を、音と振動によって呼び覚ますのだ。

趙要(ジャオ・ヤオ)《Something in the Air》(2019)と草間彌生《ナルシスの庭》(1966/2026)が、台場公園に出現。どちらも巨大スケール。 Hearst Owned

草間彌生の《ナルシスの庭》では、鏡面の球体に空や木々、鑑賞者自身の姿が映り込む。作品を眺めているつもりが、いつの間にか自分自身を見つめることになる。

周囲には、チベットの風習を参照したジャオ・ヤオの作品や、アカメガシワという植物を象徴的に扱う水木塁の作品なども展開され、都市の歴史から自然、精神的な世界へと、視点が広がっていく感覚が得られるはず。

水木塁《P4(Pioneer Plants Printing Projects)》(2025)は、台場公園の茂みにひっそりと佇む。 Hearst Owned

地下駐車場が、異世界への入口に変わる

海辺の開放的な風景から一転、青海南ふ頭公園では、普段は立ち入ることのできない地下駐車場が展示空間として公開されている。

カウィター・ワッタナチャヤンクーン《Traffic》(2026)は、会場となる地下駐車場で制作した新作。 Hearst Owned

海辺の開放的な風景から一転、青海南ふ頭公園では、普段は立ち入ることのできない地下駐車場が展示空間として公開されている。

全長約197.5メートルの地下空間。薄暗い通路を進んでいくと、闇の向こうから映像や光が次々と現れる。どこからか聞こえるクジラの鳴き声。遠い未来の植物を思わせる風景。まるで短編映画を一本ずつ見ていくような、不思議な感覚に包まれる。

展示にあたっては、この独特な空間そのものを主役とするため、あえて間仕切りを設けず、作品同士が共存できる構成を目指したという。コンクリートの壁や柱、奥へと続く通路。作品を隔てる壁がないことで、隣の作品から聞こえる音や、遠くに見える光も鑑賞体験の一部となる。

ムハンナド・ショノ《I was once the sea》(2026)は、埋め立て地がかつてどのような状態だったかを示唆する。 Hearst Owned

この場所の記憶を鮮やかに呼び起こすのが、ムハンナド・ショノによる《I was once the sea》だ。東京湾の埋め立てによって生まれたこの土地が、かつて海だったことに着想を得た作品で、砂を用いた造形は、船のようにも、波の飛沫のようにも見える。

作品は、土地に刻まれた過去を想起させるだけではない。展示が終わったあと、使用した素材が廃棄物にならないように工夫されているという。都市の開発によって姿を変えてきた土地で、作品自体もまた、展示後の行方まで考えてつくられているのだ。

イペェ・ヌル《Ombak Belum Tidur》(2024)は、インドネシアの歴史と神話を織り込んだ作品。 Hearst Owned

作品のために場所を一方的につくり変えるのではなく、そこにある空間や歴史と向き合う。地下駐車場での展示は、「TOKYO ATLAS」が掲げる、都市とアートの新しい関係を象徴しているようにも見えた。

暗闇の先に広がる、奇妙な劇場と糸のドローイング

天王洲アイルの会場では、映像やインスタレーションなど、4人の多彩な表現に出合える。

笹岡由梨子の作品は、まるで「生きている小劇場」ようだ。食べ物をモチーフにした映像や造形が、独特のユーモアを交えて展開される。見慣れたはずのものが、どこか奇妙で、時に不穏な存在へと姿を変えていく。現実と虚構が入り交じる世界に、思わず引き込まれる。

笹岡由梨子《アラベスク》(2026)。人形芝居仕立ての妖しい世界観に引き込まれる。 Hearst Owned

いっぽう、盛圭太の作品では、鑑賞者自身が空間に入り込んでいく。ロープをたどりながら暗闇を進むと、その先に広がるのは、無数の糸によって描かれたドローイングだ。

盛は近年、まっすぐな糸を用いて線を描く作品を制作している。一見すると緻密に計算された設計図のようだが、実際には即興的な行為から生まれているという。直線が幾重にも交差することで、複雑な形や奥行きが立ち現れる。平面に描かれた線とは異なり、鑑賞者の身体や視線の動きによって、その表情も変化する。

盛圭太《Bug report》(2026)。暗いトンネルを経て作品にたどりつくような会場設計になっている。 Hearst Owned

映像のなかに立ち上がる小さな劇場と、糸が描き出す空間。表現方法は異なるものの、どちらも私たちが普段見慣れているものや場所を、思いがけない世界へと変えていく。

自然と向き合いながら実現した、都市のなかのアート展

こうした屋外での展示を実現することは、けっして容易ではなかったという。三木あき子によれば、設営が進められた9月は記録的な雨天が続き、作業は難航。自然に振り回されるなかで、人間が試されているように感じたという。それでもアーティストたちは前向きに制作に取り組み、展覧会は無事に開幕を迎えた。

美術館のように環境を管理できる場所とは異なり、都市空間での展示には天候や周囲の環境など、予測できない要素がつきまとう。しかし、それもまた、この場所でアートを展開することの意味なのかもしれない。

東京都が支援してきた新進気鋭のアーティストやキュレーターを紹介する関連企画「座標」も、天王洲のWHAT MUSEUMで開催中。 courtesy of tokyo atlas

また、「TOKYO ATLAS」の魅力は、個々の作品だけにあるのではない。海辺を歩き、緑のなかに足を踏み入れ、地下へと降りていく。その過程で、私たちは都市のさまざまな表情に出合う。

三木が語るように、アートは既存の場所を一方的につくり変えるものではなく、そこにある風景や人々の営みに気づくきっかけにもなる。音に耳を澄ませば、土地の歴史が浮かび上がり、空を見上げれば、作品と現実の風景が呼応する。アートに詳しいかどうかにかかわらず、誰もが自分なりの発見を楽しめるはずだ。


~12月20日、【台場エリア】台場公園・お台場海浜公園【青海エリア】テレコムセンタービル、青海南ふ頭公園、地下駐車場(青海南ふ頭公園内)【天王洲エリア】アイルしながわ、WHAT MUSEUM

元記事で読む
の記事をもっとみる

注目コンテンツ