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美しく重い、映画の一言。日々言葉と対峙する5名が選ぶ

  • 2026.10.26

平易な一言に複数の意味を込めていたり、なにげない言葉に秘めた思いを乗せていたり。美しい日本映画には心にずしんと響く重たいセリフがつきもの。作家や劇作家、美術作家、歌人、日々言葉と対峙する5人に印象深い映画のセリフを選んでもらった。

text & edit: Emi Fukushima

BRUTUS

九段理江・選

ウォーアイニー

『花とアリス』('04)監督/岩井俊二


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映画『花とアリス』フライヤー
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『花とアリス』(135分/'04)監督/岩井俊二

自由奔放なアリス(蒼井優)とおとなしい花(鈴木杏)。中学生の2人は一緒に登校し、同じバレエ教室に通う親友同士だった。やがて2人は高校に進学するが、花が先輩に恋をしたことを機に関係は変化する。ノーマンズ・ノーズ/4,180円(BD)。photo:©2004 Rockwell Eyes・H&A Project


知ったばかりの言葉なら素直に愛を伝えられる

記録しないと吹き飛んでしまいそうな少女たちの些細な日常が描かれる本作。観ていると、むき出しの感情で傷つき、悩んでいた自分の青春時代もふと蘇ります。アリスは、両親の離婚によって未熟な母と2人暮らし。その影響からどこか達観していますが、父の前では子供らしい表情を見せます。

久しぶりに会ったある日、父がなにげなく教えるのが「ウォーアイニー」。中国語で“愛してる”を指すこの言葉を彼女は別れ際、ドアが閉まろうとする電車からホームで見送る父に投げかけるんです。日本語では直球すぎて恥ずかしいけれど、知ったばかりの言葉なら言える。ぎこちない愛の伝え方に共感を覚えますね。

一方の父は「そういう時はね、“ツァイツェン”。また会いましょう」と微妙にズレた返しをする。そのすれ違いもリアルで、不思議と心に残ります。


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九段理江(作家)

くだん・りえ/1990年埼玉県生まれ。2021年に「悪い音楽」で第126回文學界新人賞を受賞しデビュー。24年には『東京都同情塔』で芥川賞を受賞した。


加賀美健・選

行きなさい!追っかけて
今晩帰ってこなくてもいいよ
おじさんが責任持つ

『あ・うん』('89)監督/降旗康男


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映画『あ・うん』DVD
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『あ・うん』(114分/'89)監督/降旗康男

中小企業の社長・門倉(高倉健)は、親友の水田(板東英二)の妻であるたみ(富司純子)にひそかに思いを寄せ、たみもそれに気づいていた。水田の娘・さと子(富田靖子)は、大人たちの複雑な関係を察する中、ある出来事が起こる。東宝/2,750円(DVD)。photo:©1989 TOHO CO., LTD.


中年の叶わぬ恋心を、若い2人の未来に託す

映画の終盤、高倉健演じる門倉が水田の娘・さと子にかけたのがこの言葉。ある晩、意中の青年が召集令状を受け取ったと知った彼女が、父の猛反対を振り切って家を飛び出そうとする一幕で放たれたものです。初めて観た時にこの場面にグッときて、以来、何度も観返しています。

背景にあるのは、門倉の、水田の妻・たみへの叶わぬ恋心。彼は20年以上にわたり潔癖とも言えるほどに純粋な愛情を胸に秘めており、さと子には同じ思いをさせまいと考えたのでしょう。物語の舞台は1930年代後半。戦地へは祝福して送り出すのが当然の時代に、この言葉がどれだけ重たかったかは想像に難くありません。

その後、門倉に背中を押され、さと子は雪の中へ駆け出していく。中年男の悲哀と希望を内包したこの美しい場面は、自分が年を重ねるほどに沁(し)みてきます。


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加賀美健(現代美術作家)

かがみ・けん/1974年東京都生まれ。社会現象を起点に彫刻や絵画など多様な手法で作品を発表。日常で拾ったユニークな言葉をステッカーにする活動も。


三浦直之・選

ぼく、神奈川ケンイチと、私、渋谷ハルコが、
この一瞬、こんなふうにすれ違った。
彼は見下ろさなかったし、彼女は見上げることはなかった。
でも、そんなことは、ありふれた出来事である

『ジオラマボーイ・パノラマガール』('20)監督/瀬田なつき


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映画『ジオラマボーイ・パノラマガール』DVD
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『ジオラマボーイ・パノラマガール』(105分/'20)監督/瀬田なつき

ある夜、橋の上で神奈川ケンイチ(鈴木仁)に一目惚れした16歳の渋谷ハルコ(山田杏奈)。世紀の恋だと舞い上がるが、彼は衝動的に学校を辞めてしまいそれどころでなく、さらには危険な女にも惹かれ始めていた。アミューズソフト/4,180円(DVD)。photo:©2020 岡崎京子/「ジオラマボーイ・パノラマガール」製作委員会


男女の出会いを描きつつ東京の街へ視界を広げる

物語の舞台は、開発が進み、景色が刻一刻と変化する現代の東京。それでいて懐かしい固有名詞によって岡崎京子さんの原作が持つ80年代らしい空気も時折混ざり合う。新鮮な感覚に誘われる映画です。印象的だったこの言葉は、冒頭のタイトルインの前、主人公の2人がすれ違う場面でのモノローグ。

本作は男女の出会いを描く物語でありながら、最後の一文によって一気に視界が広がり、街を行き交う多くの人々に通じる物語だと感じられるんです。また冒頭からマンションと一軒家の対比、坂道など“高さ”を印象づけるショットが続きます。

そこでこのモノローグが挟み込まれることで、これから描かれるのは目線の高さの異なる人同士が交錯する瞬間を切り取った物語なんだ、とも理解できる。簡潔ながらも作品の核となる主題を差し出す、秀逸な言葉です。


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三浦直之(劇作家)

みうら・なおゆき/1987年宮城県生まれ。劇団ロロ主宰。2016年に『ハンサムな大悟』が岸田國士戯曲賞最終候補に。映像作品の脚本も数多く手がける。


伊舎堂仁・選

兄ちゃん、うちに帰ろうよ

『ゆれる』('06)監督/西川美和


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映画『ゆれる』DVD
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『ゆれる』(119分/'06)監督/西川美和

自由奔放な猛(オダギリジョー)は久々に帰郷。真面目で優しい兄の稔(香川照之)と幼馴染みの智恵子(真木よう子)と近くの渓谷へ出かけるも、智恵子が吊り橋から転落。近くにいた稔が逮捕されてしまう。バンダイナムコフィルムワークス/4,180円(DVD)。©2006『ゆれる』製作委員会


目的は兄への贖罪か、罪悪感からの解放か

映画を観る時にしばしば心に残るのが最後のセリフ。この言葉も、兄・稔を信じたい気持ちと信じられない気持ちの間で揺れ動く、弟・猛の葛藤を描く物語のラストの一言です。

事件の7年後、稔は出所します。結果的に彼を刑務所に送る証言をしたのは猛。にもかかわらず彼は、違う街へ向かうバスに乗ろうとする稔に道の反対側から「兄ちゃん」と8回叫び、最後にもう一度すがるように放つんです。奔放な性格で兄に甘えてきた猛ゆえ、許しを乞おうとしているのか、自分が楽になりたいだけなのかは曖昧。

しかし確かなのは以前の2人に戻るのは不可能なこと。この絶叫によって「互いが兄弟である」という事実の重たさだけが際立ちます。映画は兄の意味深な笑顔で幕を引く。関係は再生するのか、兄は消えてしまうのか。観るたびに答えは揺らぎます。


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伊舎堂仁(歌人)

いしゃどう・ひとし/1988年沖縄県生まれ。エッジの効いた口語短歌を発表。2014年に歌集『トントングラム』でデビュー。第2歌集は『感電しかけた話』。


小原晩・選

生きて帰れただけでも
よかったじゃないか

『間宮兄弟』('06)監督/森田芳光


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『間宮兄弟』(119分/'06)監督/森田芳光

兄弟仲の良い明信(佐々木蔵之介)と徹信(塚地武雅)は、共にオタクで女性には縁がなく、30代になった今も同居生活を送っていた。ある日彼女が欲しいと思い立った2人は、知り合いの女性たちを招いてホームパーティを開こうと思い立つが……。


弟の傷心を包み込む、兄なりの温かな全肯定

大切な人が失敗をした時、どんな言葉をかけるのがいいのか。こういう場面には人の底が見えるような気がします。茶化してはいけない。適当なことも言えない。叱るには相手がもう十分に傷ついている。かといって共感のつもりで近づけば、「お前に何がわかる」と言われることもある。

人の痛みには、慰めよりも沈黙の方がましなこともあります。それでもこの映画で兄の明信は、女性にお金をぼったくられて傷心する弟に、塩むすびを作り、話を聞き、この言葉をかけました。生きているのだから最低の事態にはなっていないし、「帰ってこれたのだから」と。

弟にとって“帰る場所”そのものである兄自身がこう語りかけるのは、すなわちお前の居場所はいつも、いつまでもここにある、と伝えているということ。簡単なようで重要なセリフだと思います。


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小原晩(作家)

おばら・ばん/1996年東京都生まれ。著書に、エッセイ集『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』『これが生活なのかしらん』などがある。

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