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「人さらいのように。無理やり仕事してもらいました」【西川美和監督・坂東龍汰さん】映画「わたしの知らない子どもたち」対談

  • 2026.10.15

『蛇イチゴ』『ゆれる』『永い言い訳』『すばらしき世界』――映画監督として、脚本家としてまた小説家として活躍する西川美和監督の最新映画『わたしの知らない子どもたち』。舞台は戦後の日本、戦災孤児をめぐる物語です。間違いなく、新たな日本映画の傑作のひとつになるでしょう。戦争を知ろうとか、戦後を学ぼうとかそういう観点だけではなく、映画作品として観る価値がとっても、とってもある作品だと感じます。

『わたしの知らない子どもたち』
story 第二次世界大戦直後の東京。孤児となった12歳の琴子(小八重葵美)は、安全な生活のために少年・茂男として生きることを選ぶ。一方、琴子の疎開中の担任教師・曽根(二階堂ふみ)は、彼女を探す旅に出るのだが……。
監督・脚本:西川美和/出演:小八重葵美、二階堂ふみ、坂東龍汰、櫻井海音、吉田羊、竹野内豊、岡田准一、田中裕子、役所広司 ほか/配給:K2 Pictures/公開:10月16日より、新宿バルト9ほか全国ロードショー
©2026 K2 Pictures・AOI Pro.

主役とよぶべき茅野琴子役を演じるのは2013年生まれの小八重葵美さんと、曽根文美子役を演じる二階堂ふみさん。鑑賞後に思わず所属事務所をスマホで調べたくなってしまった数多くの子役俳優らの活躍も大きな観どころですし、役所広司さんや田中裕子さん、岡田准一さん、竹野内豊さん、吉田羊さんほかキャストの豪華さにも驚かされます。

ですが今回、オトナミューズウェブは、作中でとても大切な新聞記者・諸積(もろづみ)京一郎役を演じた坂東龍汰さんと西川監督の対談取材をさせていただけることに! 本記事はストーリーについてのネタバレ言及はしていませんので、映画鑑賞前でも鑑賞後でも、より映画を楽しむためにご自身のタイミングでご一読ください。聞き手は映画ライターのよしひろまさみちさんです。

――まずは監督からお聞きします。『わたしの知らない子どもたち』で坂東さんが演じた諸積京一郎は、中盤〜後半部で主人公・琴子に重要な影響を与える記者役ですが、この役に坂東さんをキャスティングした理由を。
 
西川 本編では櫻井海音さんが演じた琴子のお兄さん・律朗役(音楽一家の長男でバイオリンが得意な青年)のオーディションに坂東さんがいらっしゃったんですよ。プロフィールに「特技バイオリン」って書いてあったので、そうか、バイオリンが弾けるなら、と思ってお会いしたんですが……ものすごくお話がお上手だったんですよ。
 
――コミュ力?
 
西川 そうです。「この人のコミュニケーション能力は種類の違う感じがする」と感じてからは、見方が変わってしまいまして。それに、琴子の兄の役には、坂東さんは年齢的に少し落ち着きすぎているとも感じました。でも、坂東さんとの御縁はなんとか生かしたい、と思って、それなら記者役でどうか、と。
 
坂東 撮影が予定されていた時期、すでにドラマの撮影が入っていたんですけど、西川監督の作品なら絶対にチャレンジしたいと思っていて、ずっとマネージャーさんに言ってたんですよ。時間なんてね、なんとでもなりますから。作ればいいんです(笑)。
 
西川 最初から、その時期は難しいって話を伺っていたんですけど、そこをなんとか、とお願いしたんですよね。
 
――ちなみにバイオリンは?
 
坂東 いやじつは……残念ながら……うまくは弾けません(笑)。
 
西川 そうそう。オーディションでも「たいして弾けません」っておっしゃってましたよね(笑)。
 
坂東 「きらきら星」くらいはギリいけるかな、というくらいの腕前でして。最初はお兄さん役で通ってしまったら練習しないとダメだな、って思ってたんですが。
 
――ボウイングはできるんですよね?
 
坂東 それはできるんですけど、もう10年くらい触ってないんです。
 
――(笑)。メンタル強いですね。というか、この調子でお話されたら、たしかにコミュ力に注目します。
 
西川 オーディションでも雑談が長かったですね。学校のとき、どんなふうに演技のメソッドを勉強したのか、とか。そういう話を聞かせてもらうのがすごく楽しかったんですよ。初めて会った人と、リラックスして、普通の会話を楽しくできるなら、子ども相手に取材する記者の役がぴったりだと思ったんです。

――たしかにぴったり。全体を通してものすごく重いエピソードが連なるなか、記者とのやりとりはちょっとしたオアシスになってますよね。坂東さんは記者役としてオファーされ、脚本を読んだときどう感じました?
 
坂東 戦争体験の話は祖母から聞いていたので、他人事じゃないと思っていたんです。幼少期の祖母は広島に住んでいたんですが、空襲のときに防空壕に逃げた話とか、原爆が落ちたとき瀬戸内海の島からきのこ雲を見た話とか。
 
――ちょ、ちょっと、この話、長くなりそうなので、あとに回しましょう。
 
坂東 そういう話を祖母から聞いていたとき、子どもながらに僕もそこにいるような気持ちになっていたんです。僕は北海道で育ったんですが、北海道の海岸線のへりに立つと「あっちから戦闘機がやってきて自分が撃たれる」って感覚になってしまうほど。それくらい戦争のことは身近に感じ取れる幼少期だったんです。だからかもしれませんが、この脚本を読んだときは、小八重さんが演じる琴子を含め、今を生きる子どもたちが戦争を追体験することに、すごく重要な意味を読み取ってしまいました。そして、大人として自分が彼らをどのようにヘルプできるか、俳優としての手助けをできるのか、ということを思っていました。
 
――諸積がまさにそういう役回りですよね。
 
坂東 そうなんです。僕が小さいときよりも今のほうが戦争が身近になっているように感じますし、この社会にこの作品を届けることはすごくすごく意義のあることなので、自分にできることは全部やろうと奮起して。とはいえ、3カ月あった撮影期間のうち、たった7日しか僕はいなかったので、撮影当時に全貌はぜんぜん、分からなかったんですけどね。
 
西川 大人の俳優さんたちのパートは、皆さん撮影期間が短かったんですよね。とはいえ、坂東さんはそのなかでも多いほうですよ。田中裕子さんや役所広司さんは3〜4日でしたから。

――役所さんと田中さんは文鎮のようにめちゃくちゃドシッとした存在感の役ですけど、シーンはすごく短かったですものね。
 
西川 ほとんどが子どもたちのパートですからね。でも、大人の俳優さんがいらっしゃるときは、皆さん現場をよくサポートしてくださいました。島で子どもたちが悪巧みをしかける諸積のシーンも、撮影前にしっかりリハーサルやりましたよね。
 
坂東 監督が子どもたちに「ちょっと乗っかってみて」とか言うんですよ。それで肩車状態になるくらいまで乗っかって帽子やらメガネやらをひったくられて(笑)。でも、子どもの手足だからなかなか僕のからだにからめられないんですよね。「息できなくなるくらいに締め上げちゃって」ってお願いしてました(笑)。
 
西川 むしろ坂東さんがさりげなく自分で締め上げて、「痛い痛い!」って言ってましたよね(笑)。子どもたちの場面は身体的な動作が伴う芝居が多いのですが、当日初めてやるとなると、うまくいかなかった時に大人のようにすぐに修正は効かないから、どんどん時間が経っていっちゃう。だから大人の俳優さんはみんなリハーサルから来てくれて、こう動こう、ああ動こうと、提案してもらいながら準備してもらったんですよ。
 
――諸積って事件のほぼ全貌を傍観している役割だから、この作品のなかで一番観客に近い立ち位置の役だと思うんです。
 
西川 そうですね。劇中でも出てくるけど、戦中の人戦後の人っていう意味で言うと、戦後の人です。
 
坂東 たしかにそうですよね。

西川 当時の新聞記者の方が、諸積のように街にいる孤児に声をかけて彼らの暮らしぶりに密着したり、児童収容施設に取材に行き、それをルポに仕上げていたりもしました。中には、孤児たちと何年も関係があって、雑誌で孤児の座談会を組んだりした人もいました。それがすごく興味深かったんですよね。そんなふうに彼らが生の声を取材して文字に残してくれたことがとても役に立ちました。誰かが書き残してくれたおかげで、後の世の人が何かの材料にすることもある。だから彼らのような「記者」を出したいと思ったんです。しかも、戦前戦中の記者は国威高揚のための記事を書いていたのに、敗戦してすぐに手のひら返して民主主義だ、って言葉をひるがえした人たちでしょ。その変わり身も、私にはわからないでもないんですよ。私の映画にはよく軽薄なメディアが出てくるんですけど、それは「取材者の原罪」のようなものの自覚が私にもあるからなんでしょうね。でも、彼らがいることで少なからず伝わるものがあるなら、という希望も込めているのが、諸積。
 
坂東 僕はメディア側って意識、あまり持ったことがないから新鮮でした。じつは僕、メディアを遮断されて育ったんですよ。18歳くらいまでテレビもラジオもほとんど視聴してなくて、携帯も持ってなかったんです。社会に出て初めて、情報の海に放り出された感覚があるんで、まだ追いついていないんですよ。18年のラグは大きい。それがハンデになることもあるんですが、より貪欲に情報を得ようとする気持ちにつながっている気がします。映画をひたすら観まくるのもそうなんですが、人よりも多めに早めにやろうとしているんですよね。
 
――うわ、ジレンマ……。しかも今回の相手は子ども。よく言うじゃないんですか。子どもと動物の芝居は読めない、って。是枝監督はそれをお得意分野にされてますけど、西川さんもお得意では?
 
西川 ぜんぜん。全く得意じゃないです。どちらかというと苦手。
 
――あ、はっきり言っちゃった。同じく子役の猛獣づかいをされた『永い言い訳』のときもおっしゃってましたよね。
 
坂東 あ、そうだったんですね(笑)。
 
西川 だって、大人とは合意の取り方がぜんぜん違うじゃないですか。もちろん子どもたちも、役を演じたくて来ているけど、かれらが「できます」って言ってても、プロの大人の俳優が言う「できます」とは経験則が違う。かれらの想像を超えたことも現場にはあるし、たくさんのハードルを超えてもらわなくちゃならない。大人の思惑にうまく子どもを乗せながら、だましだましやらせてる感じがあって、どこまで行っても罪悪感がつきまとって苦しいんですよ。

――でも、子ども主役の脚本を書いちゃいましたものね……。
 
西川 子どもしか出てこない脚本を(笑)。
 
坂東 たしか読み合わせのときからおっしゃってましたよね、「大変になることが分かっているから」って。
 
西川 でも、子どもたちが「何をさせられているのか理解できない」という状態で演じてほしくなかったんですよ。子役ひとりひとりが設定を分かってもらうよう、勉強してもらいました。

――仕込み、めちゃくちゃ大変そう。
 
西川 そこは助監督たちに大感謝です。がんばって資料をたくさん用意してくれて、みんなで勉強会をやったんです。私としては、役に対しての気持ちの持ち方というよりは、自分が演じる役の設定がなんであるかをわかってほしかった。だって、(主演の小八重)葵美ちゃんだって「疎開」の意味を知らなかったんですもん。
 
坂東 戦争があったことは知ってても、詳しくは知らないでしょうね。
 
――え、小八重さんは撮影当時小学校6年生ですよね。今の小学校高学年の歴史カリキュラムって……。
 
西川 6年生の3学期にようやく近現代史を習うんですって。それなら知らなくて当然なんですよ。だから坂東さんみたいに身近に戦争体験者がいる、とか、私たち世代のように親が経験しているとか、そういったことがない限り、知る機会はことごとく少なくなっているということですね。とくに今回の子役はみな、関東近県に住む子が多かったので、公立の学校では平和教育のようなカリキュラムもないし、関東大震災と東京大空襲も、教科書で教わる程度ですよね。

――それは勉強会必須ですよね。戦争孤児や傷痍軍人の話なんて、絶対に知らないでしょうし。
 
西川 そうなんです。セリフを覚えればそれでよし、というわけではないから、その役は戦争のときにどういう経験をして、子どもたちはどういう目にあっていたのかを学ぶ会。
 
坂東 そこまでやってたんですね。
 
――大人の役者は参加してなかった?
 
西川 はい。大人の俳優には資料を配って、「この役やるんだから分かってますよね?」という感じで。
 
――圧!(笑)
 
西川 (笑)。大人の俳優たちは自分で準備してくれますし、それこそ役所(広司)さんはかなり早い段階で「船を漕ぐ練習をさせてください」っておっしゃってましたから。自分にとって何が必要かということを大人は判断できるけど、子どもは口では「分かった」と言っても真意は分かってないはずなので、そこを補いました。
 
坂東 たしかに「分かった!」ってみんな言いますよね。何度か「いや、ほんとに分かってんのかな?」って思いましたもん。
 
西川 そうなんですよね。だから、子どもに役を演じてもらうということは、こちらが普段の数倍以上は準備が必要なんですよ。しかも、私は演技者じゃないから現場で演技を教えることはできないですし。どうやって感情の波を体に現すかとか、そういう技術的なことは演技経験をした人にしか教えられない。だから、大人の俳優がそれとなくヒントを出してくれることによって、子どもたちには響くみたいなんですよ。監督があれやれ、これやれ、っていうよりも、先輩俳優から「こんなふうに思ってみて」「こう動いてみたら」って言われたほうがずっと説得力があるみたい。
 
――坂東さんは子どもたち相手に芝居をしてみていかがでしたか?
 
坂東 僕が撮影に入ったのは、役所さんが演じる甚平が船を出すシーンだったんですが、もうそのころには小八重さんが慣れてきてたんですよね。芝居のスイッチの入れ方みたいなことはもう大丈夫、っていうのを感じました。それこそ監督がおっしゃる「大人の役者はやるべきことを理解して」っていうのと同じで、小八重さんは琴子として現場にいることを覚えてる、っていう感じ。そこにいきつくまで、監督は相当苦労されたんだと思いますけど。
 
西川 はい。苦労しました(笑)。でも、葵美ちゃんは大丈夫なの。彼女は天性のものがある。とにかく集中力がすごいし、坂東さんが入られた撮影中盤のころには役を掴んでましたね。あのシーンは海に入って衣装が濡れるから、ワンテイクで撮りきらないといけなかったんですけど、それもやりきりましたから。

坂東 衣装が水を吸ってめちゃくちゃ重かったんですよ。役所さんなんて溺れかけてるから、一緒に引き上げようとしたんですが、僕のコートが重すぎて無理(笑)。
 
――そして全員が溺れかける(笑)。
 
西川 そう(笑)。だから、葵美ちゃんはカメラ回る前に「絶対に一回で決める!」って言ってましたよ。
 
坂東 すごい……。しかも、まあまあ深いところまでいきましたよね。
 
西川 そうなんですよね。あのときは俳優もだけど、私たちスタッフもみんな緊張してましたよ。誰も転んではならぬ! と(笑)。
 
――そういうときも、坂東さんが緩衝役になってくれてたんですよね。子役とのセッションには欠かせない。
 
西川 ほんとにそう思います。坂東さんも俳優なんですけど、俳優とカメラの間にスタッフが入ってる感覚。私やスタッフだけでなく俳優同士の意思疎通ができているから、坂東さんの目を見るとこちらがいいたいことやりたいことは「分かってます」って安心して任せられるんですよ。
 
――めちゃお気に入りじゃないですか!
 
西川 私だけじゃなくてスタッフもみんなそう思ってますし、また一緒にやりたいですね。
 
――西川作品を熱望してた坂東さんからすると?
 
坂東 いや、ほんとスケジュールちょっと無茶してでも出られてよかったです。

――さて、とっといた話。坂東さんは北海道育ちですけど、お祖母様が広島というお話ですが。
 
西川 びっくり。北海道育ちって聞いてたから、広島に縁があったとは思ってませんでした。
 
坂東 祖父母が瀬戸内海にある島で育ったんです。だから子どもの頃は夏休みになると広島に。
 
――ヤバいですよ、この話。西川さんは今も半分広島が拠点ですし、じつはあたしも母方が広島で、隣りにいる編集担当は広島の小学校を卒業したという。
 
西川 ここにいる全員、広島にゆかりが……。ここ、東京ですよね(笑)?
 
――なかなかないですよね。しかも坂東さんくらいのお年の方でも、戦争体験を聞く機会は少ないでしょうし、ましてや体験者は家族につらいトラウマは話したがらない方が多いですし。
 
坂東 そうですよね。僕の祖母は伝えないといけない、っていう使命感をもって、寝る前に話してくれたんですよ。それで眠れなくなったんですけど(笑)。だからすごくリアルに覚えてるんです。
 
――そういう経験があったから、本編を観たときは他人事には観られなかった?
 
坂東 それはありますね。僕が体験したわけではないけど、祖母の話で想像していたことや、大人になってからみた戦争映画などでイメージはあったんですが、今回も試写で観て他人事じゃないな、と。
 
西川 奥行きはVFXで足してるんですが、焼け野原などはオープンセットなんですよ。人が芝居する場所はかなり大きな範囲で、美術部が頑張ってセットを組みました。
 
――2000年代に入ってからの戦争映画は、VFXなしでは絶対に撮れなくなりましたよね。
 
西川 数百年景色が変わらないヨーロッパと違って、古い町並みをそのまま撮影できる場所は関東近県にはほぼ皆無ですからね。逆にVFXがここまで進歩してくれたから、今はできると思えるんですよ。この作品を20年前に思いついてたら、諦めてます。
 
――イタリアの映画助成も活用されてますよね?
 
西川 イタリアの文化省から助成金が出て、それを使わせてもらおうという話にもなりかけたんだけど、ほぼ編集まで済んでからその話が出てきたので、その条件に合わせるにはイタリアのクリエイターの入る余地がなかったんです。でも、イタリアの文化省で映画制作での諸税優遇をしてくれるプログラムがあるので、せっかくだから音楽の録音をイタリアの制作チームと合作することにしました。あと、VFXは白組(『ゴジラ-1.0』でアカデミー賞特殊視覚効果賞を受賞したスタジオ)が主導しているんですが、イタリアのVFXチームに分業してもらっています。イタリアのVFXチームは日本のVFXを「日本はパースペクティブ(奥行き)の表現がすごく上手だよね」と言ってくれてたみたいですよ。

――坂東さん、これ、めちゃくちゃ大きなプロジェクトじゃないですか……。
 
坂東 自分が関わっていること、まだちょっと信じられない……(笑)。
 
――逆に大活躍中の坂東さんと巡り会えた西川監督もラッキー。
 
西川 いやほんと。タイミングよね(笑)。人さらいのように無理やりお仕事してもらって(笑)。
 
坂東 人さらい(笑)。
 
西川 今回の御縁は本当に感謝してます。坂東さんの事務所には私もこれまで仕事してきた方いらっしゃるけど、信頼できる俳優陣が多いので。
 
坂東 先輩方のおかげです。
 
――じゃ、やっぱり次の企画も坂東さんをオファー!
 
西川 と言いたいところなんですが、こればかりは企画次第かな。というのも、私が次の企画を実現するころには、坂東さんはもうありとあらゆることをやっちゃっていて、新しいチャレンジにならない可能性があるんですよ。すでになんでもできる人になっていると、私の攻め手がない(笑)。
 
坂東 あ、それなら僕、何もしないで待ちますよ。
 
――いやいや、たくさん仕事して……(笑)。
 
坂東 俳優じゃなくて……えっと、きこりとか。
 
西川 それもできそうで怖い。だって、主演でも助演でもなんでもできるもの。
 
――極悪なシリアルキラー役、とかは、まだですよね?
 
坂東 まだないですね。
 
西川 ぜんぜんいけそう……(笑)。坂東さんがやったら面白くなりそうな役を探すの、面白そうですね。
 

原案小説も発売中。「わたしの知らない子どもたち」西川美和
46判・ソフトカバー/ 352ぺージ 定価¥2,000+税 palmbooks

Interview & Text_MASAMICHI YOSHIHIRO
Photograph_KAZUYUKI EBISAWA[MAKIURA OFFICE]
Styling_YASUKA LEE(坂東さん)
 
■坂東さん衣装クレジット
ジャケット¥69,300(kiivu)、中のトップス¥27,500(PIPPIOLINO)、パンツ¥38,500(saby)、シューズ¥85,800(OLDTOWSON)、その他スタイリスト私物
 
問い合わせ先
 
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